高柿城跡(読み)たかがきじようあと

日本歴史地名大系 「高柿城跡」の解説

高柿城跡
たかがきじようあと

[現在地名]金砂郷村高柿

山田川を見下ろす御城みじようとよばれる標高約六〇メートルの高台にあり、現在空濠遺構がある。「水府志料」に「二重堀の形あり。東西八十五間、南北百十二間あり。伝説に佐竹昌義より二代、又四郎義長なるもの、安元中城を構ふ。治承四年、頼朝佐竹を攻る時、伯父常陸介秀義と金砂山に楯籠り、頼朝の兵を防ぐ。其後和睦となり、代々此地に住す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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