高橋館跡(読み)たかはしだてあと

日本歴史地名大系 「高橋館跡」の解説

高橋館跡
たかはしだてあと

[現在地名]福地村高橋 横館

高橋の集落北西、国道一〇四号の北側沿いの小丘に位置する。馬淵まべち川左岸の河岸段丘低地に臨む地形を利用。西の水田との比高約一五メートル。慶長三年(一五九八)の館持支配帳に「一八戸高橋館弐百石 四ツ目錺高橋駿河」とあり、天正(一五七三―九二)の頃高橋氏が居館した。同二〇年の諸城破却書上には記載がなく、この頃すでに廃棄されていたものとみられる。同一九年の九戸の乱に際し、九戸方の櫛引氏が苫米地とまべち館を攻撃した時、館主高橋氏は苫米地氏に加勢したため、同時に攻撃されたといわれる(南部諸城の研究、郷土の展描)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 内堀 月山 南端

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む