鬼丸聖堂跡(読み)おにまるせいどうあと

日本歴史地名大系 「鬼丸聖堂跡」の解説

鬼丸聖堂跡
おにまるせいどうあと

[現在地名]佐賀市鬼丸町

佐賀城内に元禄四年(一六九一)に設けられた聖堂を、同一三年三代藩主綱茂が移したもの。綱茂は同一一年西屋敷として鬼丸小路(おにまるくうじ)の西部から現佐賀大学の辺りに広大な庭園を開発して観頤荘と名付けたが、聖堂をここに移して宝永五年(一七〇八)初めて釈菜(せきさい)を行った。聖堂の移転については、綱茂の書いた観頤荘記に次のようにある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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