聖堂(読み)せいどう

精選版 日本国語大辞典の解説

せい‐どう ‥ダウ【聖堂】

[1] 〘名〙
① 孔子をまつった建築物。聖廟(せいびょう)。文廟。
※俳諧・五元集(1747)元「聖堂にこまぬく蝶の袂哉」
② キリスト教の教会堂。礼拝のための祭壇、会衆の席、洗礼のための施設などをもつ。
※東京日日新聞‐明治二〇年(1887)三月二九日「駿河台なるニコライ氏の聖堂建築は」
[2] 湯島聖堂のこと。東京都文京区湯島にある孔子その他の聖賢をまつった廟。林羅山の学問所のあった上野忍岡に尾張藩主徳川義直が建てた孔子廟先聖殿を、元祿三年(一六九〇)将軍綱吉が湯島昌平坂に移したもの。数度炎上し、現在のものは昭和一〇年(一九三五)に復興したもの。→昌平坂学問所
※雑俳・柳多留‐一三(1778)「どふ思ったか聖堂でじゅすを出し」

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デジタル大辞泉の解説

せい‐どう〔‐ダウ〕【聖堂】


孔子をまつった堂。聖廟(せいびょう)。文廟。
キリスト教の教会堂カテドラル
東京都文京区湯島にある孔子その他の聖賢をまつった廟。元禄3年(1690)林家の私塾を移転し、聖堂と称した。幕府の保護を受け、寛政の改革のとき直轄の学問所となる。湯島聖堂。→昌平坂学問所

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

聖堂
せいどう

孔子その他の賢者を祀った祠堂で,孔子廟ともいう。江戸時代,儒学隆盛とともに各地に建立されたが,特に元禄3 (1690) 年,将軍綱吉が江戸上野忍ヶ岡の林道春 (羅山) の家塾に建てられていたものを湯島に移して建立させた聖堂は有名。この聖堂は綱吉によって大成殿と命名された。江戸幕府はここを教学の中心とし,のちにこれが幕府直轄の昌平坂学問所 (昌平黌) として発展した。明治維新後大成殿は博物館,図書館,地方官会議の議場にあてられたが,1920年に管理を斯文会に委託。 23年の関東大震災で焼失したが,26年斯文会を中心とする聖堂復興期成同盟が結成され,34年ようやく現存の大成殿が新築された。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいどう【聖堂】

(1)キリスト教徒礼拝または集会のために設けた建物。教会堂ともいう。聖堂のうち,司教座(カテドラcathedra)の置かれたものをとくに司教座聖堂または大聖堂と呼び,フランス語でカテドラルcathédrale,イタリア語でドゥオモduomo,ドイツ語でドームDomまたはミュンスターMünsterという。教会教会堂建築(2)日本で,孔子をまつった建物,すなわち孔子廟を聖堂(または聖廟)と呼ぶ。湯島聖堂などがその例。

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