聖堂(読み)せいどう

  • せいどう ‥ダウ
  • せいどう〔ダウ〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

孔子その他の賢者を祀った祠堂で,孔子廟ともいう。江戸時代,儒学隆盛とともに各地に建立されたが,特に元禄3 (1690) 年,将軍綱吉が江戸上野忍ヶ岡の林道春 (羅山) の家塾に建てられていたものを湯島に移して建立させた聖堂は有名。この聖堂は綱吉によって大成殿と命名された。江戸幕府はここを教学の中心とし,のちにこれが幕府直轄の昌平坂学問所 (昌平黌) として発展した。明治維新後大成殿は博物館,図書館,地方官会議の議場にあてられたが,1920年に管理を斯文会に委託。 23年の関東大震災で焼失したが,26年斯文会を中心とする聖堂復興期成同盟が結成され,34年ようやく現存の大成殿が新築された。

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世界大百科事典 第2版の解説

(1)キリスト教徒礼拝または集会のために設けた建物。教会堂ともいう。聖堂のうち,司教座(カテドラcathedra)の置かれたものをとくに司教座聖堂または大聖堂と呼び,フランス語でカテドラルcathédrale,イタリア語でドゥオモduomo,ドイツ語でドームDomまたはミュンスターMünsterという。教会教会堂建築(2)日本で,孔子をまつった建物,すなわち孔子を聖堂(または聖廟)と呼ぶ。湯島聖堂などがその例。

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大辞林 第三版の解説

孔子をまつった堂。聖廟せいびよう。文廟。
東京都文京区湯島にある、孔子その他の聖賢をまつった廟。1632年江戸上野忍岡の林羅山の家塾に建てられたものを、90年五代将軍綱吉が湯島に移した。数度火災にあい、現存のものは1933年(昭和8)に復興。湯島聖堂。
キリスト教の教会堂。司教座の置かれたものを司教座聖堂、または大聖堂と呼ぶ。カテドラル。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[1] 〘名〙
① 孔子をまつった建築物。聖廟(せいびょう)。文廟。
※俳諧・五元集(1747)元「聖堂にこまぬく蝶の袂哉」
② キリスト教の教会堂。礼拝のための祭壇、会衆の席、洗礼のための施設などをもつ。
※東京日日新聞‐明治二〇年(1887)三月二九日「駿河台なるニコライ氏の聖堂建築は」
[2] 湯島聖堂のこと。東京都文京区湯島にある孔子その他の聖賢をまつった廟。林羅山の学問所のあった上野忍岡に尾張藩主徳川義直が建てた孔子廟先聖殿を、元祿三年(一六九〇)将軍綱吉が湯島昌平坂に移したもの。数度炎上し、現在のものは昭和一〇年(一九三五)に復興したもの。→昌平坂学問所
※雑俳・柳多留‐一三(1778)「どふ思ったか聖堂でじゅすを出し」

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