鬼瀬村(読み)おにがせむら

日本歴史地名大系 「鬼瀬村」の解説

鬼瀬村
おにがせむら

[現在地名]挟間町鬼瀬 鬼瀬

池上いけのうえ村の東、大分川左岸にある。天正七年(一五七九)八月吉日の阿南庄狭間南方四百貫分覚(甲斐守文書)に「鬼ヶ瀬村」とみえる。江戸時代を通じて臼杵藩領で、慶長一一年(一六〇六)の惣御高頭御帳に鬼ヶ瀬村とみえ高一八二石余、北方村組。正保二年(一六四五)の稲葉能登守知行高付帳によれば、本高一七一石余・出来高一一石余、田高一〇七石余・畑高七四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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