阿南庄(読み)あなんのしよう

日本歴史地名大系 「阿南庄」の解説

阿南庄
あなんのしよう

古代大分郡阿南あなみ(和名抄)を継承する。蛇行しながら北流して別府湾に注ぐ大分川流域の現大分市の一部と、挟間はさま町・庄内しようない町全域に及ぶ地帯。寛喜二年(一二三〇)八月国領阿南郷が大神宝用途料として、また郷内平丸ひらまる名は神宝修理用途という条件付きで由原ゆすはら(現大分市)に寄進され、官府使ならびに国衙催促を止め、一円不輸神領となった。この段階で国免庄阿南郷が成立したことになる。天福元年(一二三三)七月一八日、由原宮は五〇余石の所当を確固としたものにするため申請し、阿南郷および平丸名は国免庄から勅免庄となった(「官宣旨案」同文書)。翌二年四月一日法橋上人位幸秀は、由原社正月三ヵ日供田のうち一日分として、当庄料田五段を寄進した(「法橋上人位寄進状」同文書)。当庄成立以前の阿南郷は、文治年中(一一八五―九〇)以後の宇佐宮仮殿造営にあたって、置路甃六八丈五尺内のうち若宮鳥居内三丈阿南郷、西回廊一〇間のうち四間阿南庄がみえ、ほかに平丸保三ヵ所分の一国平均役の負担がみえる(年月日未詳「宇佐宮仮殿地判指図」宇佐神宮蔵)指図に書かれた小山田貞世跋語に、この指図は貞遠文治・国貞貞応・為貞建長・貞行弘安等所持の古本であるとみえることと、寛喜二年以降に阿南庄が成立した事実から、少なくともこの内容は貞応年間(一二二二―二四)の国貞代以降のものである可能性が高い。

嘉禎二年(一二三六)一一月、由原社新料田として正月一日の供米二石五斗分の料田五段のほか、同日の毎月法花問答講料田一町二段、同二日の八講布施料八段、同八講布施桑代布二段、講師問者料壇供裹料紙二帖、大行事田三段、宮行事田二段、大神宝無尽米得田一丁が寄進されている。本家一条殿の命令以外は大宮司地頭成敗によってはならないという条件が示されている。さらに幸秀は宮師所に大神宝御祓副行事田として阿南庄一段(皆免)を引募らしめている(「法橋上人位下文」柞原八幡宮文書)。内閣文庫本豊後国弘安田代注進状によれば当庄の総田数は八〇町で、松富まつとみ名三五町・光一松みついちまつ名一五町と、本名八町五段・吉松よしまつ名七段・松永まつなが名一町八段・六郎丸ろくろうまる名六町六段・則末のりすえ名一町・安藤あんどう名六町五段(武宮村四町九段・森村一町六段)宗門むねかど名三町三段・石丸いしまる名一町六段の二次的名からなる松武まつたけ名三〇町の構成となっている。領有関係は、「領家室大納言家、地頭守護所并挟間尼公生蓮跡土用鬼丸、又四郎直親ト云」となっている。室大納言は葉室大納言と考えられ、豊後国弘安図田帳では「領家室大納言、地頭職守護所並挟間尼公生蓮孫忠用鬼九伝領、今又四郎直親云云」と小異がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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