鮎原上村(読み)あいはらかみむら

日本歴史地名大系 「鮎原上村」の解説

鮎原上村
あいはらかみむら

[現在地名]五色町鮎原上

鮎原中村の南にあり、相原そうはら川が南西へ流れる。東は上畑かんばた(現津名町)正保国絵図に村名がみえ、高三七三石余。天保郷帳では鮎ノ原上村とあり高四〇〇石余。反別戸数取調書では反別三四町四反余、高四四〇石余、うち九〇石余は蔵入地、三五〇石余は赤川七郎兵衛ら一三名の給地。家数六九・人数三四四。文化七年(一八一〇)には家数六四、うち農家六二・鍛冶屋一・神官一、牛五六・馬二四(「棟附人数改帳」小川家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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