鮨洗村(読み)すしあらいむら

日本歴史地名大系 「鮨洗村」の解説

鮨洗村
すしあらいむら

[現在地名]山形市鮨洗・南志戸田(みなみしとだ)・東志戸田(ひがししとだ)・上江(うわえ)・中江(なかえ)・北志戸田(きたしとだ)

志戸田村の北に位置、須(す)川の東岸平地に立地。最上氏改易後は山形藩領、のち幕府領と上山藩領との入会となる。幕府領は延享四年(一七四七)陸奥棚倉藩領、明和年間(一七六四―七二)幕府領、文政六年(一八二三)陸奥白河藩領、慶応二年(一八六六)からは再び棚倉藩領となる。上山藩領は文化年間(一八〇四―一八)に幕府領、天保一三年(一八四二)山形藩領、弘化二年(一八四五)からは上野館林藩領となる。元和九年(一六二三)の検地帳では屋敷数は四八軒(うち明屋敷八)、内訳は去手呂(さつてろ)一六・金堀塚(かねほりづか)一〇・ばら田五・酢洗一七とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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