鴨生村(読み)かもおむら

日本歴史地名大系 「鴨生村」の解説

鴨生村
かもおむら

[現在地名]稲築町鴨生

山田(やまだ)川を境にして山野(やまの)村・口春(くちのはる)村・岩崎(いわさき)村の東に位置し、東は筒野(つつの)村(現庄内町)。弘治三年(一五五七)と推定される年月日未詳の志賀兵庫頭給地坪付(大友家文書録/大分県史料三二)に「一所三拾町 蒲生村」とあり、当地は大友氏家臣志賀氏の所領であった。小早川時代の指出前之帳では鴨生村の田二三町一反余(分米一八七石余)・畠一町九反余(分大豆八石余)。慶長七年(一六〇二)の検地高六一八石余、うち大豆四三石余(慶長石高帳)。元禄三年(一六九〇)の直方御分地村高帳(阿部文書)に村名がみえ、元禄元年再興の直方藩領として享保五年(一七二〇)まで続き、同年福岡藩領に復して幕末に至る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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