鵜子村(読み)うのこむら

日本歴史地名大系 「鵜子村」の解説

鵜子村
うのこむら

[現在地名]亀田町鵜ノ子・鵜ノ子一―五丁目・早苗(さなえ)一―二丁目・同四丁目

泥潟(どろがた)村・荻曾根(おぎそね)新田の北に位置する。伊勢国司北畠氏の浪士佐々木次郎左衛門が近世初頭上和納(かみわのう)村(現西蒲原郡岩室村)願善(がんぜん)寺を頼って来越、開発を進め、鎮守神明宮は当初同氏の屋敷神であったという。寛永一七年(一六四〇)の片山介十郎宛沢海藩家老神田左内の開発免状(亀田町史)に「割野之内鵜ノ子之野やち之儀三年休ニ申付候間無油断開作可仕者也」とある。元来割野(わりの)村(現新潟市)の村内であった。正保国絵図は村名のみある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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