鵬ヶ崎焼古窯跡(読み)ぼうがさきやきこようせき

日本歴史地名大系 「鵬ヶ崎焼古窯跡」の解説

鵬ヶ崎焼古窯跡
ぼうがさきやきこようせき

[現在地名]長崎市稲佐町 鵬ヶ崎

江戸時代後期の陶器窯の跡。文政六年(一八二三)長崎代官高木氏の一族の蒲池学之助(中村秀吉、号は子明)が開窯し、煎茶道具や文房具などを主として焼いていた。白象嵌の菊花文や、呉須による山水や詩文をあしらった中国風のものがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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