…本居の邪馬台国九州説は,なお神功皇后とのかかわりから抜け切ってはいないが,《魏志倭人伝》に邪馬台国までの日程として記されている〈水行十日陸行一月〉とあるのを取りあげて,邪馬台国大和説に批判の目をそそいだのは,傑出した解釈であった。本居のこの論の及ぼした影響は大きく,鶴峰戊申や近藤芳樹らによって本居説は深められ,近藤は,さらに〈熊襲の類〉を,肥後国菊池郡山門郷とする新しい説を提唱した。こうした中で伴信友のみは,邪馬台国大和説を堅持して譲らなかった。…
※「鶴峰戊申」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...