鶴泊村(読み)つるどまりむら

日本歴史地名大系 「鶴泊村」の解説

鶴泊村
つるどまりむら

[現在地名]鶴田町鶴泊

東は胡桃館くるみだて村、西は菖蒲川しようぶかわ村、北は鶴田つるだ村に接する。

貞享元年(一六八四)の郷村帳に九四四・五石とあり、寛文四年(一六六四)以後新田とされる。貞享四年の検地帳に田方二五町六反六畝二六歩、畑方三町二反二畝一五歩、田畑屋敷合せて二八町八反九畝一一歩、村高二三二・四二三石、百姓一三人と記す。元禄三年(一六九〇)には広須組に属し、村位は中(平山日記)、正徳五年(一七一五)赤田組へ編入(鶴田町誌)。文政二年(一八一九)の卯年書上之表(鶴田郷土史)に田方二三二・五九二石、畑方八・九五三石、家数四〇、うち百姓二一、高無一九、人数二三三、庄屋孫三郎、五人組孫助とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む