鶴賀町(読み)つるがちよう

日本歴史地名大系 「鶴賀町」の解説

鶴賀町
つるがちよう

[現在地名]宮津市字鶴賀

明治四年(一八七一)の廃藩置県後生れた町。旧宮津城本丸・二の丸・三の丸部分をいう。同一九年調査によると当時六四戸で(郷土教育資料)、明治維新前の九八戸(丹後宮津志)に比し三四戸減少しているのは、旧士族の急激な転出による。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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