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鉄道 てつどうrailway

翻訳|railway

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鉄道
てつどう
railway

地上や高架路盤の上に鉄製の軌条を敷設し,この上を特殊な機能,形状に設計,製作された車両を運行させて人や荷物を運送する輸送機関の総称。通常,敷設される軌条は2本であるが,1本の場合もあり,これを特にモノレール (単軌鉄道) と呼んでいる。その運営主体の種類や輸送する対象の種類,また技術的条件や規格,さらには敷設場所,運行速度などによってさまざまの種類や名称がある。日本では明治5 (1872) 年東京-横浜間に鉄道が開通したのが最初。 1550年のヨーロッパにすでに鉄道に関する記録があり,16世紀末には,鉱山用の軌道車がイギリスの炭鉱地区で使われた。機関車を使用した公共の鉄道としては,1825年の9月に開通したイギリスのストックトン-ダーリントン間の鉄道が最初である。鉄道は最も重要な陸上輸送機関として経済的,社会的な役割が大きいので,安全性,低廉性,サービス内容の充実の3点で公共事業としての課題をかかえている。第2次世界大戦後は自動車と航空輸送の進出によって,次第に市場を侵食されてきたものの,日本では大都市圏を中心に鉄道利用が依然として多く,特に大都市圏の通勤難を緩和させるため,複々線化など輸送力の増強が進められている。

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デジタル大辞泉の解説

てつ‐どう〔‐ダウ〕【鉄道】

レールを敷き、その上に電車列車などを走らせ、人や貨物を運ぶ陸上交通機関。日本では明治5年(1872)の新橋・横浜間の開業を最初とする。

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百科事典マイペディアの解説

鉄道【てつどう】

軌道を敷設した通路上に動力を用いた車両を運転し,人,物を運ぶ陸上交通機関。軌道,車両の構造などから普通鉄道と特殊鉄道に大別,前者は軌間によって区別され,後者にはモノレール,案内軌条式鉄道,ケーブルカーなどがある。
→関連項目機関車

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世界大百科事典 第2版の解説

てつどう【鉄道】

軌道(または軌条)や架線などの固定施設によって拘束され,決められた路線で運転される交通機関の総称。
【鉄道の経済的側面
 19世紀は〈鉄道の時代〉といわれる。鉄道は,産業革命先頭に立ったイギリスから普及しはじめ,19世紀中ごろには西ヨーロッパ全土,アメリカで急速に広がった。日本の鉄道は1870年代に建設期に入った。19世紀から20世紀初期にかけての鉄道は,陸上における唯一の近代交通機関として君臨し,鉄道路線網は近代産業育成に不可欠な社会資本として整備された。

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大辞林 第三版の解説

てつどう【鉄道】

レールを敷いた線路上を汽車・電車などを走らせ、旅客・貨物を輸送する運輸機関。また、レールを敷いた線路。日本では、1872年(明治5)に新橋・横浜間を開業したのが最初。 「東京より横浜までの-落成し/新聞雑誌 42

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鉄道
てつどう
railway英語
railroadアメリカ英語
chemin de ferフランス語
Eisenbahnドイツ語

専用の用地にレールを敷設した線路上を動力を用いた車両を運転し、人や物を迅速・安全に運搬する陸上交通機関。狭義にはレールを敷設した線路をいう。専用の用地でなく、一般道路上に敷設された路面電車は、法制上は軌道とよんで区別している。鉄道は中国語でも鉄路というが、鉄以外にコンクリート製の案内軌道を用いるものもある。なお、鋼索で車両を支持し運転するものも鉄道の一種としている。[松澤正二]

鉄道の特徴


(1)迅速・安全であること。レールを敷設した一定の軌道上を走行するので高速運転が可能であり、各種の保安設備を設置することができる。新幹線の例によっても明らかなように、迅速と安全という相反する要素を両立させている。
(2)正確・確実であること。飛行機や船舶は気象条件によって大きく影響されるため、発着時刻の正確を期することが困難であり、欠航する場合もある。また、鉄道と同様に気象条件の影響の少ない自動車は、専用道路においても交通量や事故などによる渋滞によって左右され、一般道路ではなおさら正確な運行はむずかしい。
(3)大量・長距離輸送ができること。一度に大量の輸送が可能なのは船舶が筆頭だが、陸上交通機関としては、多数の車両を連結して頻繁に運転できる鉄道が最大である。また、軌道が接続している限り、大陸の鉄道のように数千キロメートルに及ぶ輸送も可能である。
(4)排気ガス公害とエネルギーの消費が少ないこと。電気運転はもちろん、ディーゼル機関の場合も、平滑なレール上を鋼製車輪で滑らかに走行するので燃料の消費が少なく、当然、排気による公害も輸送量に比べて低レベルである。また、電気運転の場合もエネルギーの効率が良好である。
(5)沿線地域の開発に効果があること。原料、資材、製品などの輸送が正確、大量、安価に行えるので、産業が振興され、宅地の開発や文化的交流にも寄与できる。
(6)国土防衛上有効であること。軍備をもつ国の鉄道は、戦時には軍事輸送に切り替えることができる。[松澤正二]

鉄道の分類


 鉄道は技術上、経済上、法制上の各基準によっていくつかに分類される。[松澤正二]
技術上の分類
技術的には、軌道・車両の構造、軌道の敷設面、軌間、車両の動力源などから分類できる。
〔1〕軌道・車両の構造 普通鉄道と特殊鉄道がある。(1)普通鉄道は2本のレールの上に自走する車両を運転する一般的な鉄道である。(2)特殊鉄道には、普通鉄道に特別な装備を付加した歯車式鉄道(ラックレール式鉄道。アプト式、ストルプ式など)と、まったく別構造の単軌条式鉄道(モノレール)、案内軌条式鉄道(新交通システムを含む)、鋼索鉄道(ケーブルカー)、索道(ロープウェー)、無軌条電車(トロリーバス)、磁気浮上式鉄道(リニアモーターカー、マグレブトレイン、ホバートレイン)などがある。
〔2〕軌道の敷設面 (1)地表に敷設する鉄道には、専用の用地に敷設する一般の鉄道と、道路上に敷設する路面電車がある。(2)高架鉄道は、交通の頻繁な道路や他の鉄道との平面交差を避けるために、高架構造上にレールを敷設する。(3)地下鉄道は、都市の地下のトンネル内に敷設する。
〔3〕軌間(ゲージ) (1)標準軌鉄道は、日本の新幹線や一部の私鉄、ヨーロッパ、アメリカなど世界の70~75%が採用している1435ミリメートルゲージである。(2)広軌鉄道は、標準軌間より広いゲージで、スペインやインドの1672ミリメートルゲージ、旧ソ連地域の1525ミリメートルゲージがある。(3)狭軌鉄道には、日本の旧国鉄在来線や多くの私鉄、ニュージーランド、南アフリカ共和国などの1067ミリメートルゲージ、タイ、ミャンマー、スイスの私鉄などの1000ミリメートルゲージなどがある。なお、日本の新幹線は標準軌間であって、広軌とよぶのは正しくない。
〔4〕動力源 (1)蒸気鉄道は、多く石炭を燃料とする蒸気機関を使用するが、一部には石油を燃料とするものもある。(2)内燃機関鉄道は、ディーゼル機関車とディーゼル動車が主で、ガソリンエンジンのガソリンカーもあった。(3)電気鉄道は、地上施設から供給される電力による電気機関車、電車である。(4)それ以外に、馬や人力による馬車鉄道、人車鉄道などが、日本では19世紀末~20世紀初頭(明治中ごろから大正)に使われていた。[松澤正二]
経済上の分類
〔1〕経営形態 世界の鉄道は、初期の段階においては株式会社の形態が多かったが、やがて全国的な鉄道網の形成に伴い国有国営の形態をとるものが多くなっていった。イギリスの鉄道は1947年の法律によって国有化され、その後、1963年から公共企業体として運営されていたが、1994年に分割・民営化された。ドイツの鉄道は、1920年のドイツ国有鉄道の設立により国有化された。第二次世界大戦後の1951年の東西ドイツの分裂により、西ドイツはドイツ連邦鉄道、東ドイツは東ドイツ国鉄として国有国営の事業体となった。1990年の東西ドイツ統一以降、1994年に東西両国鉄が連邦鉄道財産機構として統合され、その後業務別に三つの組織に分割された。1999年にドイツ鉄道(Deutsche Bahn Aktiengesellschaft、略称DBAG)の傘下に、DB線路(DB Netz AG)、DB旅行・観光(DB Reise & Touristik AG)、DB地域旅客(DB Regio AG)、ドイツレイリオン社(Railion Deutschland AG)が設立された。フランスの鉄道は、1938年の公私混合株式会社の発足以来国有化の道を歩み、1983年からは全額政府出資の事業体として運営されていた。1997年1月フランス国鉄(SNCF)は、鉄道線路の建設と維持管理を行うフランス鉄道線路公社(Rseau Ferr de France略してRFF)を分離独立させ、フランス国鉄自体は鉄道輸送に専念する事業体となった。2002年には、地域輸送に関する権限と財務上の責任が地方自治体(地域圏)に委譲された。これを「地域圏化」とよんでいる。アメリカの鉄道は、第一次世界大戦中に一時期、国の管理下に置かれたことがあるが、基本的には民間の運営だった。しかし、自動車や航空機に比べ鉄道による旅客・貨物輸送の需要は伸びず、1971年には国が管理・運営する鉄道として都市間の旅客輸送を行うアムトラックAmtrak(全米鉄道旅客輸送公社National Railroad Passenger Corporationの通称であるAmerican trackの略称)が、1976年には連邦政府の援助・監督下に経営される株式会社形態の貨物輸送鉄道コンレールConrail(統合鉄道会社Consolidated Rail Corporationの略称)が設立された。その後、1980~1990年代に規制緩和政策が推進され、鉄道会社の統廃合が進み、コンレールもノーフォーク・サザン鉄道とCSX鉄道に分割・買収される形で1999年に姿を消した。アムトラックは、設立当初から一貫して赤字経営を余儀なくされてきたため、1997年以降、その構造的欠陥を改めるべくアムトラック改革が進められている。
 日本の鉄道は、一地方の交通を目的とする地方鉄道を除いて、1906年(明治39)に国有化され、第二次世界大戦後、1949年(昭和24)に公社(日本国有鉄道)として新たに発足したが、国鉄再建をめぐる国鉄改革の論議のなか、1987年4月分割・民営化が行われ、国鉄はJRとなった。JR新会社は、北海道旅客鉄道(JR北海道)、東日本旅客鉄道(JR東日本)、東海旅客鉄道(JR東海)、西日本旅客鉄道(JR西日本)、四国旅客鉄道(JR四国)、九州旅客鉄道(JR九州)、日本貨物鉄道(JR貨物)である。なお、JR貨物は、自前の線路をほとんどもっていないため各旅客会社の線路を借りて全国ネットの鉄道貨物輸送を行っている。
 日本の鉄道体系は、株式会社形態をとる私鉄(民鉄)の役割の大きいことが特徴となっている。私鉄は旅客輸送量の大きな部分を分担し、とくに大都市圏での役割が大きい。
 2009年度(平成21)時点で、国内旅客輸送の民鉄の輸送分担率は10.9%、JRと合わせた鉄道の分担率は28.7%となっている。鉄道以外に、営業用バス・タクシー等も含めた陸上公共交通機関の分担率は34.6%である。これに対して、自家用乗用車等の占める割合は59.6%である。環境保護やエネルギー効率などの面から公共交通機関の利用促進が求められている。2010年度の大手民鉄16社の輸送人員は、定期外旅客39億800万人、定期旅客55億2000万人で、旅客合計は94億3000万人であった。バブル経済崩壊に伴う景気低迷のあおりを受け、1991年度をピークに減少を続けていた輸送人員は、2005年度から4年連続で増加傾向にあったものの、2008年秋以降の景気後退に加え、2009年度の新型インフルエンザの流行で、人混みを避けるため不要不急の鉄道利用が減ったことや高速道路の料金引き下げ、2011年3月に発生した東日本大震災などの影響を受け、減少に転じた。[雨宮義直・堀 雅通]
〔2〕業務地域 業務を行う地域から、全国鉄道、地域鉄道、地方鉄道に分けられる。(1)全国鉄道は全国的規模の幹線鉄道で、主要都市間の長距離輸送を行う。分割・民営化以前の日本国有鉄道がそれである。(2)地域鉄道は、日本を数ブロックに分けたJR各社程度の規模で、次の地方鉄道より広範囲に、相互の主要都市を結ぶ直通運転も行う。(3)地方鉄道は、民営鉄道や公営鉄道のように限られた地域内の局地的な短距離輸送が主で、大都市圏の地下鉄や郊外電車、路面電車などがある。
〔3〕敷設目的 (1)普通鉄道、(2)都市高速鉄道のように、一般的な旅客輸送を行う鉄道と、(3)登山鉄道、(4)鉱山鉄道、(5)森林鉄道のように特定の旅客、貨物を輸送する鉄道、また、(6)拓殖鉄道、(7)臨海鉄道のように特殊な産業構造の地区のための鉄道や、(8)軍用鉄道などに分類される。
〔4〕輸送対象 (1)一般鉄道。旅客と貨物の両方を取り扱う。民営化以前の旧国鉄がそうであった。(2)旅客鉄道。民営化以後のJR各社旅客鉄道や大部分の私鉄がこれにあたる。(3)貨物鉄道。JR貨物鉄道、森林鉄道、鉱山鉄道や、大半の臨海鉄道が入る。[松澤正二・堀 雅通]
法制上の分類
1987年(昭和62)の国鉄分割・民営化以前は、1949年施行の日本国有鉄道法による国鉄、1919年(大正8)施行の地方鉄道法による地方鉄道、1921年の軌道法による軌道会社がおもなものであった。国鉄は国が所有する国有鉄道で、全国的な幹線鉄道ネットワークをもち、大都市圏や地方都市圏の鉄道、幹線に対して支線を形成する地方交通線をも管理・運営していた。地方鉄道は、地方公共団体が所有する公有鉄道と、民間が所有する私有鉄道(私鉄あるいは民鉄という)とがあり、一地方の交通を目的として建設・運営されていた。軌道は、道路上に敷設することを原則とするいわゆる路面電車である。国鉄の分割・民営化以前の1984年(昭和59)当時の営業キロは、国鉄2万1091キロ、地方鉄道5378キロ、軌道410キロであった。
 鋼索鉄道は地方鉄道法によっている。無軌条電車(トロリーバス)は道路上空に張られた架線を使い道路を利用するので、軌道に準じて扱われる。索道(ロープウェーやリフト)は国土交通省令の索道規則、地方自治体や企業などが鉱山、森林、工場など特定の目的で敷設する鉄道は専用鉄道規定(閣令・1919年)の適用を受ける。
 国鉄の分割・民営化に伴い、1987年4月から日本国有鉄道法と地方鉄道法は廃止され、新たに鉄道事業法が制定された。鉄道事業法は、国鉄改革に伴って、貨物鉄道事業が旅客鉄道事業の経営と分離されることに対応して、鉄道の経営主体と所有主体の分離を認めてそれぞれを独立した鉄道事業として位置づけていること、地方鉄道法と比較して、規制の緩和を図り、事業主体の自由裁量の範囲を広げていることなどが特色となっている。
 国鉄の分割・民営化の法的枠組みは、国鉄改革関連8法によって規制されているが、とくにその根幹となる法律は日本国有鉄道改革法であった。JR旅客6社とJR貨物の各社は、「旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律」(昭和61年法律88号)いわゆるJR会社法によって設立の目的や事業範囲が定められている。
 国鉄改革直後(1988年)と1998年(平成10)のJR以外の事業者数と営業キロの推移をみると、大手民鉄は14社から15社となり、営業キロは2830キロから2878キロに微増している。準大手民鉄は7社から6社となり、営業キロは212キロから187キロに減少した。地下鉄については10社のまま変わらないが、新路線の開通などもあり営業キロは491キロから604キロに増加している。地方鉄道(地方交通)は2824キロから3455キロとなった。
 2009年度時点で、大手民鉄の事業者数は16、準大手5、地下鉄11、中小民鉄112である。また大手民鉄の営業キロは2847.9キロ、準大手民鉄117.1キロ、地下鉄719.0キロ、地方交通3360.5キロとなっている。
 JRの旅客輸送量は、1993年度に1987年度比22%増(JR旅客会社合計)に達した後、国の経済停滞に伴って概ね横ばい傾向で推移している。国内輸送におけるJRのシェアは18.5%(1987年度)から16.8%(2001年度)まで低下したが、2007年度には18.1%まで盛り返した。これは自動車輸送量がやや減少したためである。貨物輸送量は1991年度に33%増となったが、2007年度は15%増まで低下し、国内輸送量シェアは1987年度4.5%から2007年度は4.0%と漸減傾向にある。2009年度のJR旅客会社の輸送実績は、6社合計で88億4067万人であった。うち定期旅客は54億7277万人、定期外旅客は33億6790万人となっている。[雨宮義直・堀 雅通]

鉄道の歴史


世界
16世紀ごろ、ドイツのハルツ鉱山で、板の上にレール状の木材を取り付け、その上に石炭運搬の車両を通したのが軌道の始まりである。木製のレールは摩耗が激しいので、のちに鉄製にかえられた。初期の鉄製レールはL字型で、底辺が外側になるように敷設し、底辺の上を車輪が転がるようになっていた。その後、車輪外周の内側につば状の輪縁(フランジ)をつけ、レールの頭部の内側を走る、現在の走行方式となった。
 車両の動力源は人力あるいは馬力によっていたが、18世紀の後半にワットの改良した蒸気機関をさらに改良利用する方法が多くの人によって研究された。1804年にイギリスのトレビシックRichard Trevithick(1771―1833)は、初めてレールの上を走る蒸気機関車を製作し、石炭の運搬車を馬にかわって引いた。しかし、レールが弱く芳しい結果ではなかったので、1808年にも機関車を製作したが採用されず、そのキャッチミー・フー・キャン号は街中で見世物として運転するありさまであった。1812年、ブレンキンソップJohn Blenkinsop(1783―1831)は、鉄のレールに鉄の車輪では滑るとの予想から、レールの頭部の外側に歯型をつけ、それにかみ合わせる歯型のついた動輪をもつ機関車を発明したが、その必要性のないことが認識されたため普及しなかった。この考え方は、のちに登山鉄道の歯車式鉄道(ラックレール式鉄道)として実用化されている。
 1825年にはG・スティーブンソンがロコモーション号を製作し、ストックトン―ダーリントン間の鉄道が開業した。これが世界最初の機関車による営業鉄道である。1829年にはリバプール―マンチェスター間の開業に先だち、採用する機関車の競作を行ったが、G・スティーブンソンと息子のロバート・スティーブンソンの製作によるロケット号が優勝し、この機関車によって翌年に営業を開始した。
 アメリカでは18世紀の終わりごろに馬車鉄道が各地に出現したが、1827年にボルティモア・オハイオ鉄道会社が創設され、また、1830年にはクーパーPeter Cooper(1791―1883)の製作したトムサム号などによってサウス・カロライナ鉄道が開通した。これは、ロケット号によるイギリスの鉄道開業3か月後のことであった。その後アメリカでは蒸気機関車による鉄道の実用化が進み、産業の発展と開拓に大きな役割を果たし、1869年には早くもアメリカ大陸横断鉄道が完成している。
 ヨーロッパ大陸ではイギリスやアメリカにわずかに遅れ、フランスは1832年、ドイツとベルギーは1835年、オーストリアは1837年、ロシアは1838年、イタリアは1839年と次々に開業した。アジアではインドが早く1853年、日本は1872年(明治5)、中国は1877年である。
 このように発展した鉄道も最初は一般大衆の無知と理解が乏しかったため危険視され、既存の舟運や運河の業者からの反感や反対が多く、発展にはかなりの苦労が伴った。しかししだいに軌道も車両も改良され、高速、安全、大量輸送手段として認識されるようになり、陸上交通機関としての地位が確立した。イギリスは1840年代に入ると各地で鉄道事業をおこす者が相次ぎ、1850年代には延長距離は1万1000キロメートルとなり、1890年代には3万2000キロメートルに達した。1863年には世界初の地下鉄がロンドンで開通した。
 アメリカでも鉄道はイギリス以上に発展し、大陸奥地の開拓の必要もあって、1850年代には1万4500キロメートル、1890年代には26万キロメートルの鉄道が開通して世界一の鉄道網となり、1920年代までには42万キロメートルに達した。
 ヨーロッパやアメリカなどの先進国では19世紀末までに鉄道網がほぼ完成したが、アジア、アフリカ地域では、日本、中国などを除いて20世紀に入ってようやく建設が進められるようになった。
 第一次世界大戦ごろから、アメリカをはじめとして自動車が目覚ましく発達して新たな交通手段となり、陸上交通機関の主力であった鉄道の地位は低下した。とくにアメリカの鉄道は縮小の道をたどるようになった。第二次世界大戦後はさらに鉄道の斜陽化が甚だしく、航空輸送の急速な発達もあって、ヨーロッパ、アメリカの鉄道は経営が困難になった。そのため、大幅に不採算路線の廃止を行い、あわせて蒸気動力から、経済効率のよい電気や内燃機関に動力を切り替え、快適な乗り心地とスピードアップによる旅客の誘致のための設備を整えるなど、安全とサービスの向上に努めている。1957年に運転を開始したヨーロッパ国際特急列車TEE(Trans Europe Express)はその表れである。また、1964年(昭和39)に開業した日本の新幹線と、1981年に営業を開始したフランスのTGV(テージェーベー)(Train Grande Vitesse)の成功は、世界の注目を集めた。
 社会主義国や旧社会主義国、新興国などにおいては、依然として鉄道利用度が高いため、鉄道の斜陽化現象はさほど進行していない。旧ソ連では国策上鉄道建設が推進され、第二シベリア鉄道(バイカル・アムール鉄道、略称バム鉄道)の建設が行われ、1984年に全線開通したが、ソ連崩壊などで開発・整備が滞っていた。しかし、2001年には短縮ルートのトンネルが開通し、シベリア地方に豊富な地下資源が眠ることからふたたび第二シベリア鉄道の重要性が注目されるようになった。中国では産業の発達と奥地の開発のための鉄道建設が進められ、あわせて設備の拡大と動力の近代化も順次行われてはいるが、中国、インド、トルコなどでは2010年時点でも蒸気機関車が活躍している。また、新興国や中南米諸国においては、資本と技術の遅れから、日本やヨーロッパの鉄道先進国フランス、ドイツなどから車両や技術を導入している。2007年に開始された中国高速鉄道はその一例である。[松澤正二・堀 雅通]
日本

鉄道開業まで
日本での鉄道の歴史は、幕末の1853年(嘉永6)ロシア艦隊司令官プチャーチンが艦上で運転した鉄道模型を見学して、1855年(安政2)蒸気機関車の模型(現鉄道記念物)を製作し試運転を行った佐賀藩に始まる。その間、1854年のアメリカ通商使節ペリー再来日のときには、献上品の蒸気機関車模型一式を横浜で運転した。このように鉄道の知識は模型から始まった。1860年(万延1)日米和親条約批准書を携えた幕府の遣米使節がパナマ経由でアメリカ国内の鉄道を利用した体験を、随員であった福沢諭吉が『西洋事情』(1866)のなかで「汽車」の字を用いて紹介している。このころイギリスの貿易商グラバーThomas Blake Glover(1838―1911)が長崎の大浦海岸で蒸気機関車の試運転を行ったといわれている。
 また、日本在留の外国人から江戸と横浜間、大坂と神戸間の鉄道建設が出願されている。そのなかで1867年(慶応3)に、アメリカ公使館書記官のポートマンA. L. C. Portmanが、江戸と横浜間の鉄道建設の免許を幕府から得たが、明治政府はこれを認めず、1869年(明治2)東京―京都―神戸間その他の鉄道を政府自ら建設することを正式に決定した。この計画は大隈重信(おおくましげのぶ)、伊藤博文(ひろぶみ)が積極的に推進し、その陰にはイギリス駐日公使パークスの強い勧めがあった。これにより、日本でのイギリスとアメリカの鉄道利権争いではイギリスが優位となり、イギリス人技師モレル以下のいわゆるお雇い外国人の技師たちと資材によって、日本の鉄道が建設されることになった。[松澤正二・堀 雅通]
鉄道の進展と幹線の国有化
1870年3月、新橋―横浜間が着工、1872年5月、品川―横浜間が仮開業し、同10月14日(後の鉄道記念日、現在の鉄道の日)には新橋―横浜(後の汐留(しおどめ)―桜木町)間が正式に開業した。引き続き1874年大阪―神戸間、1877年には大阪―京都間が開業した。1880年、北海道開拓使による幌内鉄道(ぽろないてつどう)がアメリカ式鉄道技術によって手宮(小樽(おたる)市)―札幌間に開業した。
 政府の財政難から鉄道建設は思うように進展しなかったが、鉄道頭(かみ)として鉄道建設に積極的に働いていた井上勝の熱意により建設が進み、1880年京都―大津間も開通し、その間の逢坂(おうさか)山トンネル(現鉄道記念物)は日本人技術者の手によって完成し、また、1879年には日本人機関士が初めて誕生した。東京―京都間の鉄道は当初中山道(なかせんどう)経由で計画されていたが、1886年に東海道経由に変更され、1889年、東京(新橋)―京都間が全通した。
 1881年には日本最初の民営鉄道の日本鉄道会社が創設され、政府の協力により1883年上野―熊谷(くまがや)間が、続いて前橋まで開業し、1891年には上野―青森間が全通するなど、東北日本の中心的鉄道会社となった(日本鉄道会社は1906年に国有化された)。1885年から1889年にかけて、阪堺(はんかい)鉄道、甲武鉄道、伊予鉄道、山陽鉄道、関西鉄道、九州鉄道、両毛鉄道、水戸鉄道などが相次いで開業し、民営鉄道は全国の営業路線の50%を超えるまでになった。このような情況から1892年には鉄道敷設法が公布され、政府は鉄道建設政策の指導にあたることになった。以後はこの法律に基づき幹線敷設を重点的に推進し、官設、民営ともに営業距離は伸長し、輸送力・量ともに増大した。
 しかし、日清(にっしん)・日露両戦争後の国力の増進と軍事的な要請とから、全国の幹線鉄道の統一が一挙に進み、1906年(明治39)鉄道国有法が公布され、翌年までに全国の主要民鉄17社が買収、国有化され、国鉄路線網の営業路線は約90%、旅客輸送量は約84%、貨物輸送量は約90%に達した。
 1907年、鉄道の管轄は逓信(ていしん)省から離れ帝国鉄道庁が設置され、翌年には鉄道院となり、特別会計官庁として国有鉄道の経営にあたるとともに、全国の民設鉄道をも監督することになった。[松澤正二]
都市近郊鉄道の発展
主要民鉄の国有化後の全国各地の民鉄は、局地的な交通機関としての役目を担うことになったが、1910年軽便鉄道法も公布され、明治末から大正の初めごろにかけて、各地に民営の鉄道が盛んに建設され、都市および都市と近郊とを結ぶ地域に電気鉄道が採用され、都市の発展とともに経営規模は拡大されていった。
 このような情況から1919年(大正8)に地方鉄道法、1921年に軌道法がそれぞれ公布され、民営鉄道に対する統一的な規制が行われるようになった。この間に国鉄の経営と民鉄の監督は、1920年鉄道院にかわって設置された鉄道省が行うことになった。
 1922年に鉄道敷設法が全面的に改正され、これまでに建設された全国の幹線網を整備するため、亜幹線や支線の建設が進められるようになり、また、民鉄の都市近郊および各都市間の連絡鉄道の建設も再開した。国鉄では新線の建設と並行して、幹線整備のため東海道本線の電化、迂回(うかい)路線的な上越線の建設などを行った。一方、車両や運転などの技術においても、1921年には空気ブレーキ装置の採用、1925年には自動連結器への一斉交換、信号の自動化などを進め、運転性能の向上と保安対策が強化された。昭和に入ると蒸気機関車の製造技術は完成の域に達し、大型の電気機関車も国産化されるようになった。[松澤正二]
経営の悪化と戦時体制へ
しかし、1930年代初めごろからの経済恐慌による輸送需要の減少は、各鉄道の経営を悪化させることになり、国鉄では超特急列車の運転開始、国鉄バス路線の開業など、サービスの向上と業務の拡大策を計り、危機の打開に努めた。短距離輸送が主体である民鉄は、自動車輸送の影響も加わって不況の影響がさらに深刻となった。そこで、バス事業の兼営、沿線の住宅開発、遊園地開業など沿線施設の関連事業の充実と動力の近代化を進め、対処した。
 1938年(昭和13)には陸上交通事業調整法が制定され、東京、大阪、その他主要地区の大小民営鉄道の健全な発展のための企業統合が指導された。一方、電力の国家管理も実施されたため、中小鉄道は十分な電力を確保することが困難となり、民鉄の統合はさらに促進された。
 第二次世界大戦に突入すると、国鉄をはじめすべての鉄道は軍需輸送に専念することを要求され、戦争の激化とともに鉄道体制強化のため、民営鉄道20余社が買収、国有化された。しかし、結果的には車両、施設、要員などに膨大な損害を受け、敗戦後の困難な情勢下では、復旧に相当な年月を要した。[松澤正二・堀 雅通]
再建から高度成長へ
戦時体制への移行にしたがい、鉄道の管轄は1943年(昭和18)からは運輸通信省、1945年からは運輸省(現国土交通省)となり、さらに1949年(昭和24)から国鉄は公共企業体として運輸省から独立して独立採算制となり、運輸省は国鉄と民鉄の監督官庁となった。
 国鉄は1952年以後、輸送力の増強のため長期計画を推進し、老朽施設の更新、電化、ディーゼル化による動力の近代化など、各種の計画を実施するようになった。民鉄においては強制的な統合が徐々に解除されて再整理・独立するようになり、各地域や各社の事情や規模に即した近代化が進められた。
 1956年、当時国鉄総裁であった十河信二(そごうしんじ)の勇断で計画された東京―新大阪間の東海道新幹線は、鉄道の長所を当時の最高水準技術で発揮する高速高能率なシステムとして完成し、東京オリンピックの開催された1964年10月1日に営業を開始した。全区間複線構造で、軌間は世界的標準の1435ミリメートルを採用し、全電動車で編成する流線形電車で、最高時速210キロメートル(開業当時)の同一列車群のみを頻繁に運転する電気鉄道方式とした。電気方式は単相交流60ヘルツ25キロボルトで、無人変電所で経済的な電化設備となった。高速運転の安全を確保するためATC装置、CTC装置、列車選別装置、列車定位置停止装置、列車無線、コムトラックなど最新式の電子技術、情報処理技術を駆使して、省力・省エネルギーの近代モデルシステムを鉄道に導入した。2009年(平成21)時点で、東海道・山陽新幹線の輸送量は年間1億9661万人。1日平均53万8644人に及ぶ旅客を高速で輸送し、重大列車事故を発生することもなく、高能率な運転を確保している。東海道新幹線は東京、名古屋、大阪圏を結ぶ経済、社会に大きな発展をもたらし、日本の高度経済成長を促進する役割を果たした。
 しかし、日本の自動車産業の発展は1960年代から著しく、高速道路網も整備されてきている。それに伴って旅客の自家用自動車やバス利用への転換、貨物のドア・ツー・ドアのトラックへの切り替えが進行した。さらに、地方空港の設備改善による大型機の国内便投入も加わって、鉄道の占める地位は楽観を許さない段階にある。[松澤正二・堀 雅通]

鉄道の機能と役割


 世界の鉄道は、自動車の出現以前はその国の主たる陸上交通機関であったが、モータリゼーションの進展や航空機の発達から、その役割を年々縮小してきている。1980年代の欧米の鉄道輸送のシェアは、旅客輸送では、イギリス、フランス、旧西ドイツが7~11%、アメリカが1%、貨物輸送では12~38%となっていた。1997年の鉄道旅客輸送は、イギリス、フランス、ドイツが6~7%、アメリカ1%である。貨物輸送は、イギリス7%、フランス、ドイツが20~22%、アメリカ40%である。このシェアは2010年時点でもほとんど変わっていない。欧米の鉄道では、それぞれの国の交通体系のなかでの鉄道の役割は、旅客輸送より貨物輸送のほうが大きい。日本の鉄道の交通体系に占めるシェアも、モータリゼーションの進展とともに低下してきた。1955年(昭和30)に日本の鉄道のシェアは、旅客輸送が82%、貨物輸送が53%であったが、1984年には、旅客輸送が39%、貨物輸送が5%になった。その後、1997年(平成9)の旅客輸送は28%、貨物輸送は5%、2010年の旅客輸送は28%、貨物輸送は4%と横ばいとなっている。日本の鉄道では、貨物輸送より旅客輸送の役割が大きいことが特徴となっている。ちなみに、イギリスの鉄道が国内旅客輸送市場に占める割合は、2005年時点で、全人キロ(旅客人数×乗車距離)の7%にすぎない。また、貨物輸送市場においても鉄道は全トンキロ(貨物トン数×輸送距離)の8%にすぎない。イギリスの交通市場では旅客、貨物とも自動車輸送が圧倒的な地位を占めている。
 欧米ではモータリゼーションの進展と航空機の発達から、鉄道に期待する機能として、(1)中・長距離貨物輸送、(2)都市間旅客輸送、(3)都市圏内通勤輸送があげられており、地域の利用の少ないローカル鉄道については、基本的にはバスに転換すべきものとしている。また環境、安全、エネルギー、国防などの面から鉄道の機能と役割を評価して、これらの観点から鉄道が必要とされる分野があるとしている。日本の鉄道では、鉄道の特性として、旅客輸送では、(1)中距離都市間旅客輸送、(2)大都市圏旅客輸送、(3)地方主要都市旅客輸送があげられ、貨物輸送では、大量長距離輸送の分野で特性を発揮するものとみられている。
 世界的に鉄道に期待されている機能と役割は、日本の新幹線やフランスのTGVに象徴されるスピードと、都市圏での通勤・通学輸送にみられる輸送密度の高い大量輸送である。これらは、鉄道がその特性を発揮する分野として位置づけられ、収益性のある事業とみられている。イギリスの鉄道は、1963年以来、公共運送人common carrierとしての義務を免除され、運賃の決定についても、基本的には自主的に決定することができるようになった。フランスやドイツの鉄道においても経営の自主性を高める努力がなされていった。アメリカも、1980年の法律(スタガーズ法)によって鉄道に対する規制を緩和し、運賃についても自主性を認めている。問題とされるのは、地域の利用客の少ない輸送密度の低いローカル鉄道である。ローカル鉄道は自立採算で維持することはできない。西欧の鉄道は、財政的に自立できるものと、不採算にもかかわらず社会的な必要から維持すべきものに分けられ、社会的な役割から政策的に維持されるものは、公共サービス義務として国の補償を得ることができるように位置づけられている。[雨宮義直・堀 雅通]

現代の鉄道と展望


現代の鉄道
世界各国の鉄道輸送量は、旅客、貨物ともに各国の地理的条件、産業立地、人口の集中と分散の度合いなどの条件に制約されながら、経済状況、人口の動態、モータリゼーションと航空機など、ほかの交通機関との関係を反映してさまざまな様相を示している。[雨宮義直・堀 雅通]
旅客輸送
第二次世界大戦後、イギリスとアメリカの鉄道旅客輸送量は衰退傾向をたどり、1990年代はほぼ横ばい、ドイツは横ばい傾向、フランスとイタリアは増加傾向となっている。旧ソ連は増加傾向を示していたが、ソ連崩壊後のロシアでは減少傾向にある。これらの諸国と比べ、日本の鉄道旅客輸送量は、もっとも高い増加率を示している。1955年(昭和30)を基準にした日本の鉄道旅客輸送量は、1980年に2.3倍、2000年(平成12)に2.8倍、2009年には2.9倍となっている。日本の鉄道旅客輸送量の高水準は、モータリゼーションが欧米諸国に比べ遅れてスタートしたこと、日本の旅客流動が海岸線に沿った高密度の線形移動であること、大都市圏の居住密度が高いこと、鉄道輸送が効率的に行われていることによって説明されている。アメリカの鉄道輸送量の大幅な衰退の理由は、近・中距離輸送における乗用車とバス、中・長距離輸送における航空機の発達があげられる。[雨宮義直・堀 雅通]
都市間旅客市場
都市間旅客鉄道は、世界的にもインターシティIntercityとして位置づけられ、鉄道の機能と役割のうえで重要な部分を形成する分野である。1981年フランスのTGVは最高時速260キロメートルでパリ―リヨン間(434キロメートル)を2時間で結び営業を開始、成功を収め、その後、路線も増え最高速度もひき上げられた。イギリスでは、最高時速260キロメートルのAPT(Advanced Passenger Train)が1981年から営業運転を開始したが、装置のトラブルが発生するなど開発に失敗、1986年には廃車となった。その他、開発が成功し営業中の高速旅客鉄道に、イギリスのHST、イタリアのペンドリーノ、ドイツのICE(イーツェーエー)、スペインのAVE(アベ)、スウェーデンのX2000などがある。ヨーロッパ、とくにヨーロッパ連合(EU)では、1993年11月のヨーロッパ連合条約(マーストリヒト条約)を契機に、ヨーロッパ全体を視野に入れた交通インフラの整備計画がTEN(Trans-European Network)として発表された。2004年以降はTEN-T(Trans-European Transport Network)と改称され、鉄道プロジェクトの実施が進められている。ヨーロッパ以外でも、中国、韓国、台湾でもそれぞれ独自に高速鉄道の建設・整備が進められた。
 日本では、東海道、山陽、東北、上越、九州、北陸の各新幹線が都市間鉄道として重要な役割を果たしている。新幹線鉄道は、航空機や高速道路による輸送との競争においてその優位性を発揮し、新幹線鉄道網の整備に対する需要は大きい。新幹線の建設は、全国新幹線鉄道整備法に基づいて進められているが、2010年(平成22)12月に東北新幹線が八戸から新青森まで延伸した。また2011年3月には九州新幹線鹿児島ルート(博多―鹿児島中央間)が全線開業した。2014年度末には北陸新幹線が長野から金沢まで、また2015年度末には北海道新幹線が新青森から新函館まで延伸する予定である。こうした新幹線鉄道の整備により都市間旅客輸送の所要時間が大幅に短縮され、沿線各都市に与える経済波及効果が期待されている。
 さらにJR東海によるリニア中央新幹線の計画も現実味を帯びてきた。JR東海は2027年に東京―名古屋間、2045年に東京―大阪間の開業を計画している。リニア中央新幹線は全国新幹線鉄道整備法に基づく基本計画に盛り込まれている。同法により建設に向け手続きが進められているが、2011年5月には国土交通大臣による建設指示がJR東海に出された。JR東海は5兆円を上回る建設費の自己負担を表明しているが、リニア中央新幹線は、従来の整備新幹線財源スキーム(計画を伴う枠組み)と異なるスキームで整備されることとなる。ただし、新幹線の整備は、膨大な投資資金を必要とすることや、並行する在来線の需要減になることに留意しなければならない。[雨宮義直・堀 雅通]
大都市圏旅客市場
大都市圏や主要地方都市における旅客鉄道の機能と役割も大きい。国際的にみても、都市の規模が大きくなるほど、都市の通勤・通学輸送のための集中的な大量交通機関として鉄道への評価が高くなる。アメリカのサンフランシスコのBART(バート)(Bay Area Rapid Transit、通勤高速鉄道)は有名である。日本の都市においても、鉄道(JR、私鉄、地下鉄、路面電車)の都市交通における役割は大きい。2007年度の輸送人員についてみると、首都交通圏では約58%、中京交通圏では約22%、京阪神交通圏では約48%が鉄道のシェアとなっている(国土交通省『交通経済統計要覧』)。しかし、大都市圏以外の地方都市では、モータリゼーションの影響から鉄道のシェアは相対的に小さいものとなっている。[雨宮義直・堀 雅通]
地方鉄道市場
地方の旅客鉄道の機能と役割は世界的に衰退した。マイカーやバスの発達は、人口密度の低い地域での鉄道に歴史的な終止符を打ったといえる。イギリスでは1963年に「イギリス鉄道の再建」の名で知られるビーチング・プランBeeching Planが発表され、不採算閑散支線区の鉄道営業の廃止が進められ、大幅な鉄道の撤去が行われた。その後、1968年の法律によって、社会的に必要とされる旅客鉄道については補助金の交付がなされることになったが、1963年から1968年までに約5000キロメートルの鉄道が撤去された。
 日本の地方の旅客鉄道には中小私鉄と旧国鉄の地方交通線があったが、1960年代後半から始まる日本のモータリゼーションの過程で、人口の過疎化現象を反映して、輸送量の減少がみられるようになり、鉄道の廃止が行われた。鉄道の廃止に積極的に取り組んだのは中小私鉄であった。中小私鉄は1966年(昭和41)から1974年までに1888キロメートルの鉄道を廃止したが、同じ期間における旧国鉄の地方交通線の廃止は218キロメートルであった。
 旧国鉄は1980年の国鉄再建法(日本国有鉄道経営再建促進特別措置法)に基づいて、地方交通線問題に積極的に取り組むことになり、旧国鉄の地方交通線のうち、利用者の少ない路線を特定地方交通線として、バス転換などの対象とした。1981年から1986年にかけて83路線の転換が申請され、そのうち45路線約1846キロメートルがバス転換され、38路線約1311キロメートルが第三セクターあるいは地方鉄道として存続することになった。これらの鉄道も含め、地方における鉄道の経営はかなり厳しい状況にある。なお、1987年4月国鉄は分割・民営化され、JR7社(旅客鉄道6社、貨物鉄道1社)となった。
 1989年度(平成1)~2000年度に、JR関係の地方線約210キロメートルが廃止されている。整備新幹線の開業に伴い、並行する在来線は、収益の柱である優等列車(急行、特急など)の大半を失う。このようなことからJRは、新幹線の開業と同時に並行する在来線を切り離す措置をとってきた。このようにして分離された在来線を「並行在来線」という。並行在来線の運営は各新幹線の沿線自治体に委ねられる。2011年時点で、しなの鉄道、IGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道、肥薩おれんじ鉄道がある。並行在来線を取り巻く経営環境は厳しく、その維持、運営は関係自治体にとって極めて深刻な問題となっている。[雨宮義直・堀 雅通]
貨物輸送
鉄道貨物輸送量は、イギリスの衰退傾向、イタリア、ドイツの横ばい傾向のほかは、フランス、アメリカが増加傾向であったが、1980年代後半からはフランスも減少傾向となっている。日本の鉄道貨物輸送量が世界の鉄道貨物輸送のなかでもっている特徴は、旅客輸送にみられた高水準の伸びを示していないことである。1955年(昭和30)を基準にして、日本の鉄道貨物輸送量は、1980年で12%減、2000年(平成12)では48%減、2009年では52%減と大幅に減少している。日本の鉄道貨物輸送が衰退している理由は、大量貨物輸送の分野で内航海運の役割が大きいこと、雑貨輸送の分野でトラックの伸び率が高いことがあげられる。アメリカの貨物輸送では、鉄道がトラックを上回っているのに対して、日本ではトラックが鉄道を大幅に上回っている。
 鉄道の貨物輸送は、世界的に競争市場となっている。中・長距離輸送におけるトラックとの競争、大量貨物輸送の分野での内航海運との競争、高価品輸送における航空機との競争は、鉄道の貨物輸送を、ますます鉄道の特性を発揮できる分野に限定せざるをえなくしている。また、他の輸送機関との競争は、鉄道の貨物輸送に輸送方式の技術改革を迫ることになった。鉄道の貨物輸送の伝統的な特色であった操車場(ヤード)を廃止して拠点間直行方式の採用、鉄道輸送に適した貨物を輸送する物資別適合輸送の開発、コンテナを主体としたフレートライナーの開発などである。
 貨物輸送では環境問題や道路混雑問題が深刻化するようになり、こうした問題を解決する方策として、貨物輸送の手段をトラックから鉄道に転換させるモーダルシフトが注目されている。また、地球温暖化に対する関心の高まりを背景に、鉄道貨物輸送への期待が高まっている。トラック輸送は、大気汚染や騒音、振動などの社会的費用(外部不経済ともいう。公害などにより社会全体が被る損失のこと)を十分に負担していない。そのため、こうした状況においては社会的費用を内部化させる(対策コストを料金にあらかじめ含める)必要がある。そこで、モーダルシフトが注目されているのである。ただ、モーダルシフト政策は、その熱心な取り組みにもかかわらず、十分な成果が得られていないのが現状である。とはいえ、地球温暖化を防止するためには、今後、モーダルシフト政策を鋭意推進していかなければならないだろう。[雨宮義直・堀 雅通]
国鉄経営再建政策
日本の国鉄は、1980年(昭和55)の国鉄再建法に基づいて、1日1キロメートル当りの輸送量が8000人以上を幹線鉄道、8000人未満を地方交通線として位置づけ、4000人以上8000人未満の地方交通線を国鉄が維持することとし、4000人未満の鉄道については特定地方交通線とし、地元で協議会を設置して、(1)バス輸送に転換する、(2)第三セクターとして経営する、(3)地方鉄道へ転換する、のいずれかとするとした。第三セクターとして発足した鉄道のなかで、地元に密着した経営を行った事例として三陸鉄道が注目された。
 日本の国鉄は、全国一元的な経営を行うなかで、幹線鉄道と接続する地方交通線も含める画一的な運営となり、幹線鉄道の黒字で地方交通線の赤字を補助するいわゆる内部補助方式がとられてきた。特定地方交通線を国鉄から切り離す措置は、全国一元的な経営のために不合理な依存関係が生じやすい経営となるのに対して、経営の効率化やコスト意識の観点から取り組まれたものである。[雨宮義直・堀 雅通]
鉄道政策のあり方
鉄道のあり方は、その国の鉄道に対する政策によって左右されるところが大きい。欧米の鉄道政策は、企業性の発揮と公共性への配慮の二つの方向を模索しながら展開してきた。企業性の発揮は、鉄道を企業として位置づける方向であり、鉄道の企業としての自主性の確保や、鉄道に対する伝統的な規制を緩和する政策の採用である。欧米の交通政策は、1960年代から基本的には自由化の方向をとってきたが、鉄道政策についても、経営の自主性や運賃の自由化にみられるように、特別の保護や規制を加えるべきではないとしている。アメリカは1980年の鉄道規制緩和法により、市場の競争にゆだねる鉄道政策に大きく転換した。
 日本の旧国鉄は1969年(昭和44)以降、再建計画に取り組んできたが、国鉄財政の赤字基調を克服することができなかった。国鉄再建の方策について、臨時行政調査会および国鉄再建監理委員会は、国鉄改革の方向として国鉄の分割・民営化を提示した。国鉄改革の目的を鉄道事業としての国鉄の再生と活性化に置き、そのために経営形態の抜本的改革を行うというものである。政府は「国鉄改革法案」を国会に提出し、成立させた(1986)。改革には旅客鉄道の分割と民営化、貨物鉄道の分離と民営化、新幹線一括保有方式が含まれ、国鉄の歴史のなかで画期的な改革となった。
 国鉄の分割・民営化は、鉄道政策としては企業性の発揮を中心に考えられている。これは世界的な潮流でもあるが、同時に鉄道には公共性への配慮がなされるのも世界的な動向である。鉄道を社会にとって有用であるが、経営的に自立できないものとしてとらえて、国や地方自治体が補助を与えて維持する政策である。鉄道の社会的有用性が主張されれば、鉄道は将来にわたって企業性のみで経営されるのではなく、公共性の観点や鉄道の文化としての意義も強調されて維持されるであろう。鉄道の将来は、鉄道をめぐる政治的、経済的、社会的、文化的な広がりのなかで決められていくものといえる。[雨宮義直・堀 雅通]
鉄道改革
第二次世界大戦後、モータリゼーション、航空輸送などの発達に伴い、競争的な交通市場が出現し、鉄道の独占性は失われ、多くの国の国営鉄道が経営難に陥った。こうした鉄道事業を救済するため、1970~1990年代にかけて、鉄道改革が各国の重要な政策課題となった。鉄道改革に最初に着手したのは、北米(アメリカ合衆国、カナダ)である。北米では、1970年代に鉄道貨物輸送と鉄道旅客輸送を分離する形の鉄道改革が行われた。
 日本では、1987年(昭和62)4月に日本国有鉄道(国鉄)の分割・民営化による鉄道改革が実施され、国鉄は六つの旅客鉄道会社と一つの貨物鉄道会社とに分割され、JR新会社(JR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、JR貨物)としてスタートした。
 1990年代に入ると、ヨーロッパ連合(EU)の域内市場統合を達成したヨーロッパでも鉄道改革が実施された。こうして、20世紀最後の30年間に、主要先進諸国において相次いで鉄道改革が実施され、鉄道は新たな転換期を迎えた。[堀 雅通]
鉄道改革の背景
各国の鉄道改革は、改革の時期や方法こそ異なるものの、改革の背景、経緯、事情には類似した現象があった。鉄道経営を取り巻く市場環境の変化は、国ごとに若干の相違はあるにしても一般的な傾向は共通している。鉄道独占時代は、鉄道線路の整備と鉄道企業の独占的な行動に対する規制が主たる政策事項とされた。たとえば鉄道運賃は、企業による独占的な価格設定を防ぐため、政府によって規制された。また、事業からの撤退や新規参入も政府の認可を必要とした。しかしながら、モータリゼーションの進展や航空輸送の発達から市場が競争的になると、経営難に陥った鉄道を競争から保護することが、鉄道政策の主眼となった。このとき、鉄道の独占を容認する参入規制を課し、内部補助を援用することで、鉄道事業の存続を図る政策が採用された。
 しかし、その後、自由競争時代の到来に伴い鉄道の競争力を強化するためには、規制の緩和が必要となった。にもかかわらず、参入規制と内部補助型の施策に依拠した競争制限的な鉄道政策が継続された結果、有効な手だてが得られぬまま、各国の国鉄は未曽有(みぞう)の経営危機に直面していった。経営を維持するには、巨額の財政援助が必要とされたが、それは政府の財政を圧迫するものであった。このような事態が深刻に認識されるようになったのは、1970年代後半のことである。この時期、世界は規制緩和の時代に向かいつつあり、ここに至り、鉄道のみならず、すべての交通機関の参入・価格規制を緩和ないし撤廃し、競争を促進させる政策への転換が図られたのである。[堀 雅通]
北米の鉄道改革
1970年代にいち早く鉄道改革に着手したアメリカとカナダでは、第二次世界大戦前から都市間鉄道旅客輸送の需要は激減し、旅客輸送は鉄道会社の深刻な赤字部門となっていた。しかし、鉄道貨物輸送については、十分な需要が見込まれていた。そこで、アメリカでは鉄道会社から旅客輸送部門を切り離し、これを一手に引き受け、全国一元的に都市間鉄道旅客輸送を営む公企業として、1971年、全米鉄道旅客輸送公社National Railroad Passenger Corporation(通称アムトラックAmtrak)が設立された。1977年にはカナダでも、同様の組織VIA(ビア)レール・カナダVIA Railroad Canada Inc.(略称VIA)が設立された。
 アムトラックとVIAの設立により、赤字部門から解放された鉄道会社は、採算性ある貨物輸送に専念できるようになり、健全経営が可能になった。同時に、アムトラックとVIAの運営も、貨物鉄道会社の線路を借りて輸送事業を行うことで、鉄道線路の費用負担から大幅に解放された。ただし、都市間鉄道旅客輸送に対する需要は依然乏しく、アムトラック、VIAともに国からの多額の補助金に依存する経営から脱却できずにいる。とはいえ、市場競争力を失った北米の鉄道輸送は、旅客と貨物間の分離を通じて、少なくとも貨物輸送は復活し、健全経営を維持できるようになった。[堀 雅通]
日本の鉄道改革
日本の鉄道改革は、1987年4月、国鉄の分割・民営化として実施され、以後JR各社による経営が行われている。東京、大阪、名古屋など大都市圏を有する本州3社(JR東日本、JR東海、JR西日本)は、市場条件にも恵まれて経営は安定し、独立採算が可能となっている。一方、市場条件に恵まれているとはいえない3島会社(JR北海道、JR四国、JR九州)と鉄道貨物会社(JR貨物)は、厳しい経営を続けている。とくに、3島会社については、近年の低金利から経営安定基金の運用益が確保できず、苦しい状況に置かれている。
 国鉄改革では、本州3社の好調な業績が注目されがちであるが、採算性ある事業分野(本州3社の営業領域)とそうでない事業分野(3島会社および貨物会社の営業領域)が峻別(しゅんべつ)された結果、国鉄改革後に明暗が分かれたといえる。かつての国鉄において、数度の経営改善計画がことごとく失敗に終わった理由は、採算性ある事業分野とそうでない事業分野を内部補助に依拠し、一様に再建を図ろうとしたことにある。
 国鉄改革に際しては、新幹線鉄道保有機構(1987~1991年、新幹線鉄道の施設の一括保有および貸付けに関する業務を行う法人)が設立された。新幹線鉄道保有機構とJR本州3社は上下分離方式で運営していた。上下分離とは、鉄道事業を線路部門と輸送部門に分離して運営することをいう。線路部門を新幹線鉄道保有機構が、輸送部門をJR本州3社が受けもった。また、整備新幹線建設の財源として日本鉄道建設公団に対する交付金の交付業務も行った。整備新幹線における日本鉄道建設公団(現鉄道建設・運輸施設整備支援機構)と鉄道会社、あるいは神戸高速鉄道や関西高速鉄道などの都市鉄道の間にも上下分離による鉄道整備方式がある。
 整備新幹線や都市鉄道にみられる上下分離方式は、鉄道線路の建設資金調達や投資リスクの分散を図ることを目的としている。また、鉄道線路の整備責任は公的部門、運営責任は鉄道企業とする公設民営方式も、鉄道整備の資金調達の円滑化と投資リスクの分散を図る上下分離方式の一種といえる。[堀 雅通]
ヨーロッパの鉄道改革
鉄道の輸送密度が低く、比較的市場条件に恵まれないヨーロッパでは、1990年代に入って本格的な鉄道改革に着手した。1991年に発令されたEU共通鉄道政策の指令により、鉄道経営の基本方針として「上下分離」と「オープンアクセス」の導入が提示された。このEU指令には、鉄道経営の自主性の確保、鉄道線路と鉄道輸送の分離(すなわち上下分離)、第三者に対する鉄道線路の開放(すなわちオープンアクセス)など、鉄道の競争力を強化するための措置が規定されている。EU法の第一次法源としてローマ条約(1957)があるが、第二次法源として規制、指令、決定、勧告、意見がある。規制は国内法に優先して効力を発揮するが、指令と決定は拘束性はあるものの国内法に基づいて実施される。勧告、意見は方針を掲げるのみで拘束性はない。
 ヨーロッパにおいて、本格的な鉄道改革に最初に着手したのは、スウェーデンである。1988年スウェーデン国鉄(SJ)は、鉄道線路施設を保有し、これを維持管理する公企業たるスウェーデン鉄道庁Banverket(略称BV)と、鉄道輸送事業のみを営むスウェーデン国鉄(SJ)とに分割された。新たにスタートしたSJは、BVの線路を借りて鉄道輸送事業を行う。また、オープンアクセスが導入され、必要な資格を満たした鉄道事業者は、SJと同様にBVの線路を借りて鉄道事業を営むことができるようになった。スウェーデンがいち早く実現した上下分離とオープンアクセスの考え方は、1991年のEC指令に採用され、その後のヨーロッパにおける鉄道政策の基本となった。
 ドイツでは、1994年1月に鉄道改革が実施され、ドイツ連邦鉄道Deutsche Bundesbahn(略称DB)と東ドイツ国鉄Deutsche Reichsbahn(略称DR)が、いったん統合されて連邦鉄道財産機構Bundeseisenbahnvermgen(略称BEV)となり、これが、連邦鉄道財産清算機構Rest-Bundeseisenbahnvermgen(略称Rest-BEV)、連邦鉄道庁Eisenbahnbundesamt(略称EBA)、ドイツ鉄道株式会社Deutsche Bahn AG(略称DB)に3分割された。
 BEVは、長期債務の処理、要員対策、不動産の維持管理および売却などの業務を行う。EBAは、連邦の鉄道線路施設の建設計画、オープンアクセスに際しての新規参入事業者の認可、安全性の監督など行政的な業務を行う。DBは、鉄道事業を営む株式会社となったが、1996年に鉄道線路会社、長距離旅客輸送会社、鉄道貨物会社、近距離旅客輸送会社、駅サービス会社に5分割され、1994年からオープンアクセスを実施している。その結果、小規模の民間の鉄道会社が多数参入している。
 イギリスの鉄道改革は、きわめて複雑な形をとった。かつてのイギリス鉄道公社British Rail(略称BR)は、1994年4月に25の鉄道旅客輸送会社Train Operating Company(略称TOC)と6の貨物鉄道会社に分割された。さらに、3の車両リース会社、14の信号・保守会社など、全部でおよそ100の組織に細分化された。また、政府系の規制機関として鉄道規制庁Office of Rail Regulator(略称ORR)、鉄道旅客輸送フランチャイズ庁Office of Passenger Rail Franchising(略称OPRAF)といった機関が設立された。鉄道運営の中心となる機関は当初はレールトラックRailtrackであったが2002年に経営破綻(はたん)し、ネットワークレールNetworkrailが事業を引き継いでいる。同社は鉄道線路、駅など、車両を除く鉄道施設を一括して保有管理しており、TOCも貨物鉄道会社も、ネットワークレールから線路を借りて輸送を行っている。旅客輸送については、列車サービスの種別、運行系統別に分割されたTOCが、入札によって当該線区の輸送事業の免許を取得し、旅客輸送サービスを提供する。路線の大部分は、不採算路線であるため、政府補助を受けるが、その場合、もっとも少額の補助金額を提示した事業者に営業免許権が付与される免許入札制を採用している。
 その他、フランス、イタリアなどEUのほとんどの国あるいは東欧諸国でも、鉄道線路と鉄道輸送を分ける上下分離の鉄道改革が実施され、あるいは実施されようとしている。このように、ヨーロッパでは主として鉄道線路事業を公共的領域に、鉄道輸送事業を企業的領域に区分する形の上下分離方式が採用されている。企業的な領域は市場機構にゆだね、オープンアクセスを導入するなど当該領域の可能な限りの規制緩和と自由化を進める一方、鉄道線路事業は公共的領域に属し、公的介入を認める形で当該機関に運営の責任が託された。
 なお、公共性を認めるべき領域についても、これを最小限に限定し、単に公的規制、公的助成を行うのではなく、擬似的市場機構を設けたり、インセンティブ規制(事業者の経営効率・生産性の向上を促すような動機付け、刺激、奨励金などの提供を伴う、従来よりもゆるやかな規制)を導入するなど、市場メカニズム重視の鉄道政策を行っている。とくに、採算性がなくとも社会的に必要な鉄道輸送サービスの提供は、「地域化」(regionalisation)により、当該地方政府の判断と意思決定にゆだねられ、公的な費用負担が担保される。地域化とは、地域交通サービスの運営責任、意思決定を当該自治体に移管する地方分権化の一種である。地域化では、当該輸送事業者の選定を免許入札制にするなど、インセンティブ規制や競争原理の導入が図られている。
 現代の鉄道改革においてみられる上下分離を含む鉄道事業の区分経営は、一方では市場に特化し、競争力を発揮させる事業領域を抽出する。また一方では市場の失敗に対処すべき公共的領域を明確化する方式といえる。その結果、異なる事業部門間の内部補助が回避される。とりわけ、鉄道線路の維持管理の費用に耐えられないほど輸送密度の低い市場環境下において鉄道事業そのものを維持していくための方策として、その有効性が認められている。ヨーロッパ型の上下分離は、鉄道運営における経営責任と鉄道線路整備に対する公的責任の領域を明示している。しかし、公共的領域に対する投資において安易に公的助成が増大したり、浪費的投資を誘発する危険性も指摘されている。[堀 雅通]
技術的展望
鉄道の将来に対応すべく、技術的な革新も進んでいる。
 一つはソフトウェア面で、列車の運行から電力、信号、転てつ、さらには乗客の誘導までを中央の指令室で集中管理するシステムである。すでに一部の鉄道では無人運転も実用化されている。旅客サービスが必要で、かつ事故が人命に直結する交通機関の性格から、すべての鉄道での無人化が実現することはないであろうが、集中管理システムはローカル鉄道や小量短距離輸送用鉄道にまで普及していくであろう。
 ハードウェア面では、列車の動力や車両構造、レール、車輪などの改良がある。まったく新しい鉄道としての磁気浮上方式は、超高速の幹線用交通機関として日本やドイツで実用車規模による実験が進んでいるし、建設費と低廉さと騒音の少なさから、地下鉄や高架での新都市交通システムとして注目されている。また、改良の例として、小断面地下鉄、ゴムタイヤ地下鉄なども都市交通機関として登場しつつある。21世紀の鉄道は、飛行機、乗用車、バス、トラックなど他の交通機関との競合ではなく、有機的に構築された交通システムの一環として、新しい技術開発によって面目を一新していくであろう。
 「人にやさしい」「環境にやさしい」都市交通機関として、路面電車を近代化したLRT(Light Rail Transit)は、ストラスブール、カールスルーエ、エドモントンなど先進国で次々と導入され、注目を集めている。日本では、富山市で2006年に開業した富山ライトレールのみであるが、公共交通の存続が危ぶまれるなか、LRTを活用したまちづくりが検討されている。[堀 雅通・西尾源太郎]
『日本国有鉄道編『日本国有鉄道百年史』(1974・交通協力会) ▽E・ハミルトン・エリス著、秋谷宏訳『世界機関車大系』(1974・実業之日本社) ▽日本国有鉄道編『欧米諸国の鉄道と交通政策』(1979・運輸調査局) ▽中西健一著『戦後日本国有鉄道論』(1985・東洋経済新報社) ▽原田勝正・青木栄一他編『鉄道と文化』(1986・日本経済評論社) ▽斎藤峻彦著『交通市場政策の構造』(1991・中央経済社) ▽藤井弥太郎・中条潮編『現代交通政策』(1992・東京大学出版会) ▽塩見英治編『交通産業論』(1994・白桃書房) ▽桜井徹著『ドイツ統一と公企業の民営化――国鉄改革の日独比較』(1996・同文館) ▽中島啓雄著『現代の鉄道貨物輸送 改訂版』(1997・交通研究協会) ▽広岡治哉編『都市と交通』(1998・成山堂書店) ▽今城光英編『鉄道改革の国際比較』(1999・日本経済評論社) ▽野田秋雄著『アメリカの鉄道政策』(1999・中央経済社) ▽(社)日本機械学会編『高速鉄道物語』(1999・成山堂書店) ▽大久保哲夫・松尾光芳監修『現代の交通』(2000・税務経理協会) ▽堀雅通著『現代欧州の交通政策と鉄道改革――上下分離とオープンアクセス』(2000・税務経理協会) ▽中村徹著『EU陸上交通政策の制度的展開――道路と鉄道をめぐって』(2000・日本経済評論社) ▽角本良平著『鉄道経営の21世紀戦略』(2000・交通新聞社) ▽香川正俊著『第3セクター鉄道』(2000・成山堂書店) ▽上浦正樹・須長誠・小野田滋著『鉄道工学』(2000・森北出版) ▽平井正著『ドイツ鉄道事情』(2000・光人社) ▽三木理史著『地域交通体系と局地鉄道』(2000・日本経済評論社) ▽天野光三・前田泰敬・三輪利英著『図説鉄道工学』(2001・丸善) ▽富井規雄編著『鉄道システムへのいざない』(2001・共立出版) ▽宇都宮浄人・服部重敬著『LRT―次世代型路面電車とまちづくり―』(2010・成山堂書店) ▽日本民営鉄道協会編『大手民鉄の素顔―大手民鉄鉄道事業データマップ―』(2011・日本民営鉄道協会) ▽日本交通学会編『交通経済ハンドブック』(2011・白桃書房) ▽『運輸と経済』月刊(運輸調査局) ▽国土交通省鉄道局監修『数字でみる鉄道』各年版(運輸政策研究機構) ▽原田勝正著『日本の国鉄』(岩波新書) ▽宮脇俊三著『ヨーロッパ鉄道紀行』(新潮文庫) ▽櫻井寛著『世界の鉄道旅行案内』(講談社現代新書)』

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世界大百科事典内の鉄道の言及

【アメリカ合衆国】より

…ボストン,ニューヨーク,フィラデルフィアなどの大都市が海岸沿いに連続し,さらに南部のボルティモア,ワシントンをも含んで超巨大都市地域を形成している。この地域はアメリカ・メガロポリスと呼ばれ,鉄道,高速自動車道,予約なしの頻発方法(シャトル)による航空サービスによって密接に結びつけられている。1970年代以降,メガロポリスをかかえる北東部も,サン・ベルト諸州の勃興とともにその相対的地位が低下し,ことに製造業部門の発展が停滞して人口流出地域となり,人口増加率も最も低いが,依然として製造業を含む合衆国経済および文化の中心としての地位を保っているといえよう。…

【交通】より

…この時代の航海はヨーロッパ各国の国策として推進され,海外貿易によって金銀貨幣の増大を図ろうとする重商主義政策を生んだ。
[近世・近代]
 イギリスの産業革命の原動力の一つとなった蒸気機関の発明は,19世紀に入ると,それをレールの上の車を走らせることに応用したトレビシックやG.スティーブンソンによって,鉄道という新しい交通機関の誕生となった。鉄道は建設と輸送の両面から,産業革命をいっそう進展させる役割を果たした。…

【輸送】より

…それはとりもなおさず,各地域の歴史展開の全体像と分かちがたく結びついたものであり,輸送路,輸送手段,輸送業などのありようにかかわってくる。海運業航空交通水運鉄道
【日本】

[古代,中世]
 日本における輸送の歴史は,場所を移動される物資が個人の利用に供されるものを主体とするか,年貢であるか商品であるかの物資の性格,輸送手段の差などから生じる。 古く階級支配のない原始社会にあっても石器の材料たる特殊な石,例えば黒曜石,讃岐石(サヌカイト)などは産出地が限られるため,輸送の必要があるが,特殊の輸送手段の発達がないため,人力によって輸送されたと考えられる。…

※「鉄道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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