鹿下村(読み)かのしたむら

日本歴史地名大系 「鹿下村」の解説

鹿下村
かのしたむら

[現在地名]越生町鹿下

成瀬なるせ村の北東越辺おつぺ川支流渋沢しぶさわ川流域の岩殿いわどの丘陵西麓に立地。鹿の下・鹿ノ下とも記す(田園簿など)。入間郡の郡境の村で、北西は比企郡古池ふるいけ村。応永三二年(一四二五)八月二三日の尼禅智寄進状写(報恩寺年譜)に「入西郡越生郷恒弘名鹿下」とみえ、鹿下内高房こうぼうの東長五郎入道在家付きの田三段からの毎年の得分一貫九〇〇文を報恩ほうおん寺に寄進している。堂山最勝どうやまさいしよう寺蔵の大般若経奥書(武蔵史料銘記集)に延徳三年(一四九一)一二月二八日「鹿下幸伝書」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む