鹿原村(読み)かはらむら

日本歴史地名大系 「鹿原村」の解説

鹿原村
かはらむら

[現在地名]舞鶴市字鹿原・鹿原西町(にしまち)

若狭街道沿い、志楽川と鹿原川の合流点から南の谷に沿って集落が立地している。谷の奥に名刹金剛(こんごう)院がある。また祖母(そぼ)谷の多門院(たもんいん)村に通ずる道がある。

中世は志楽庄春日部(かすかべ)村の地で、文明三年(一四七一)四月二一日付の溝尻兵衛三郎田地売券(梅垣西浦文書)に「志楽鹿原彦二郎衛門」とみえるのが早い。また天正二年(一五七四)三月七日付の次郎太郎田地売券(同文書)に「鹿原宿の次郎太郎」とみえる。

慶長検地郷村帳に高三七一・六四石「鹿原村」とあり、土目録でも高は変化せず、内訳は田方二九四石余、畑方三九石余で、運上は端折紙三束などが記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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