鹿島田村(読み)かしまだむら

日本歴史地名大系 「鹿島田村」の解説

鹿島田村
かしまだむら

[現在地名]幸区鹿島田、中原なかはら大倉おおくら

東は下平間しもひらま村、西は北加瀬きたかせ村・南加瀬村、北は苅宿かりやど村・市坪いちのつぼ(現中原区)、南は小倉おぐら村に接する。北から南東へ川崎用水が流れる。「風土記稿」はもとは市坪村と一村であったと伝える。弘安九年(一二八六)一一月二九日の将軍(源惟康)家寄進状(県史二)に「武蔵国鹿島田郷」とあり、惟康親王により鎌倉鶴岡八幡宮へ寄進され、正応元年(一二八八)一一月二一日伊予国斎院勅旨田などとの相博によって同領から除かれた(「将軍惟康親王家寄進状」同書)。小田原衆所領役帳には太田新六郎「弐貫五百文 稲毛鹿島田借宿中田分」「拾弐貫八百五拾文 稲毛鹿島田中村分」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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