黒股村(読み)くろまたむら

日本歴史地名大系 「黒股村」の解説

黒股村
くろまたむら

[現在地名]掛川市黒俣くろまた

原野谷はらのや川の最上流にあり、南は居尻いじり村。文禄二年検地高目録に「黒また村」とみえ、高三二石余。元和五年(一六一九)以降は掛川藩領。正保郷帳では黒俣村と記され、田方一七石余・畑方二四石余。元禄郷帳には黒股村とみえる。文政一二年(一八二九)の御高等書留によると御林、威鉄砲一・猟師鉄砲三・御用筒一があり、高四二石余、毛付高三四石余の納辻米五五俵余・大豆三俵余、小物成は鍬柄一八挺運上、家数二五は本家、人数一四七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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