黒見村(読み)くろみむら

日本歴史地名大系 「黒見村」の解説

黒見村
くろみむら

[現在地名]倉吉市黒見

北東流する国府こう川右岸天神野てんじんの台地の西麓にあり、北は国府川を隔てて島田しまだ村。拝領高は二七九石余、本免四ツ七分。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では三四〇石余、竈数一三。八幡宮・牛頭天王・荒神が記される。幕末の六郡郷村生高竈付では生高三一三石余、竈数一九。藪役銀七匁六分・山役米四斗余・川役米二斗余を課されていた(藩史)。寛政一二年(一八〇〇)・享和二年(一八〇二)には北村源左衛門の給地があったことが確認できるが(在方諸事控)、弘化二年(一八四五)の給人所付帳では三浦数馬の給地があったことのみみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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