黒谷城跡(読み)くろだにじようあと

日本歴史地名大系 「黒谷城跡」の解説

黒谷城跡
くろだにじようあと

[現在地名]山中町東町

山中温泉より四十九院(しじゆうくいん)町へ越える峠の北西、標高二三四メートルの山上にある。天文二四年(一五五五)七月の越前朝倉教景の加賀侵攻に対する八月一三日の加州四郡総反撃のとき、前夜に遠篝をたいた所の一つとして「黒谷」がみえる(朝倉始末記)。永禄一〇年(一五六七)加越両国の和睦を調停した一乗谷(いちじようだに)(現福井市)寄寓中の足利義秋(義昭)は、その条件として同年一二月一五日越前方の「黒谷」など三城を焼払わせた(同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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