馬木郷(読み)まきごう

日本歴史地名大系 「馬木郷」の解説

馬木郷
まきごう

吾妻あづま山・烏帽子えぼし山の北麓に位置し、南は備後国。現横田町大馬木おおまき小馬木こまきなどに比定される。文永八年(一二七一)一一月日の杵築大社三月会相撲舞頭役結番帳の一二番に「馬木郷三十五丁二反大」とあり、地頭は多胡左衛門尉であった。建武三年(一三三六)八月二日の足利直義のものとみられる書下(信原文書)によれば、湊川の合戦の戦功として「仁田郡真木村」が信原四郎宗貞に安堵されている。応安三年(一三七〇)一一月二〇日信原秀朝は親家から譲与されていた真木村地頭職を安堵されている(「室町幕府御教書」同文書)。まもなく山名氏の一族馬来氏綱が摂津国馬来郷から当地に移った(馬来家文書・閥閲録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android