Medōn(その他表記)Medon

世界大百科事典(旧版)内のMedōnの言及

【アテネ】より

…崩壊した諸王国の住民が大挙してアッティカ領域内に移動して,この地方の人口が異常に増大した。そして伝承によれば,在来のアテネ王家に代わって,ピュロス王家のメラントスMelanthosという移住者がアテネ王となり,その孫の一人ネレウスNēleusは膨張したこの地の住民の一部を率いて,海路イオニアに植民し,他の一人メドンMedōnはアテナイの王位を引き継いだという。メドンの血統をひく人々すなわちメドン家が以後,暗黒時代のアテナイを指導するが,その初期にすでに王政のあり方に重大な変化が生じていたらしい。…

※「Medōn」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む