P.ラファルグ(その他表記)Paul Lafargue

20世紀西洋人名事典 「P.ラファルグ」の解説

P. ラファルグ
Paul Lafargue


1842 - 1911.11.25
フランスの社会主義者。
サンティアゴ・デ・キューバ生まれ。
9歳でフランスに渡り、パリで医学を修めた。P.J.プルードンの影響を受けて学生時代から社会主義運動に参加し、ロンドンに亡命。1866年以降のパリ・コミューン時代は大きく活躍するが、これに失敗してスペインへ亡命、反バクーニン主義の闘争を展開する。1881年帰国、フランス労働党を結成に尽力した。1891年下院議員の後、1911年厭世観に陥りドラベーユで自殺。マルクス主義をフランスに普及させたことに業績がある。主著に、「怠ける権利」(1883年)、「歴史における観念論と唯物論」「所有権、その起源と発展」(1885年)など、哲学・経済学をはじめ多分野にわたって著作を行った。国際労働運動の活動家。マルクスの娘ラウラの夫。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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