野村藩(読み)のむらはん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「野村藩」の意味・わかりやすい解説

野村藩
のむらはん

三河国渥美(あつみ)郡畑(はた)ヶ村(愛知県田原(たはら)市)に陣屋を置いた譜代(ふだい)藩。領地は三河、美濃(みの)両国にまたがり1万石(のち1万3200石)。大垣藩支藩で初め大垣新田藩といった。1688年(元禄1)戸田氏成(とだうじしげ)が、祖父氏経(うじつね)以来の6200石に、大垣藩主戸田氏定(うじさだ)よりの3000石の分与と新田を加えて1万石となり成立。畑ヶ村に陣屋を構えた。氏定以後、7代を数える。1868年(明治1)宗藩より大野郡野村(岐阜県大野町)を与えられて移り、翌年野村藩と称した。71年廃藩。

[渡辺和敏]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の野村藩の言及

【戸田氏】より

…大垣新田藩祖の氏経,美濃国大野郡牛洞(うしぼら)に本拠をもつ旗本戸田氏の祖氏照は,氏鉄の次男と六男である。大垣新田藩は3代氏成のとき1万石を領して諸侯に列せられ,1869年(明治2)の版籍奉還の後は野村藩と改称された。牛洞の旗本戸田氏から分かれ,大野郡深坂に本拠をおく旗本戸田氏は牛洞2代氏胤(うじたね)の弟の氏道を祖とする。…

※「野村藩」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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