アブド・アッラーフ
‘Abd Allāh b.Salīm al-Sabāh
1897 - 1965.11.24
クウェート国籍。
元・首長。
1950年即位し、’61年英国から独立、’62年憲法を制定する。’63年には国連にも加盟し、非産油国アラブ諸国の開発も援助する。近代化の父といわれる。
出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内のアブド・アッラーフの言及
【ウスマン・ダン・フォディオ】より
…15世紀ころにセネガル川上流のフータ・トロ地方から移住したフラニ族の学者の家に生まれ,父や近親のイスラム学者について学び,1774‐75年ころから教師として活動を始めた。80,90年代には,優れたイスラム学者で弟子の一人でもある弟アブド・アッラーフ,息子ムハンマド・ベロとともに,彼の名声は上がり,ハウサ族農民の支持をも得た。98年この地方の支配者ゴビル王国のスルタンは,名声が高まる一方のウスマンの活動を説教だけに制限した。…
【イスマーイール派】より
…他方,イスマーイールの死後,イマームの位は息子ムハンマドに伝えられたと主張する一派が現れ,ムバーラクMubārak派と呼ばれ,この派がイスマーイール派の主流になった。イスマーイール派運動の起源は明らかでないが,通説では同派の創始者はイラン人マイムーン・アルカッダーフMaymūn al‐Qaddāḥ(生没年不詳)と息子アブド・アッラーフ‘Abd Allāh(生没年不詳)とされている。同派は9世紀後半から,初めバスラ,次いでシリアのサラミーヤに秘密の根拠地を設けて活発な活動を行い,各地にダーイーを派遣して布教と勢力の拡大に努めた。…
※「アブド・アッラーフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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