翻訳|chief
人類学では従来、伝統的な政治単位の長をさすのに用いられてきた。その用いられ方はかならずしも厳密なものではないが、一般に、狩猟採集民のバンドや部族社会における、個人的な資質や人格に基づく一時的でインフォーマルなリーダーやビッグマン、リネージの長老や小地域共同体の長などと異なり、より制度的に確立したものをさし、一方で、官僚的な支配機構の長としての王とも漠然と区別されている。
多くの首長制社会で、首長の地位は儀礼的には際だたせられていたが、かならずしも大きな政治的権力を伴ってはいなかった。アフリカやオセアニアでは、首長は、社会に「概念的な中心」を与えるという点にその主要な役割があった。首長はしばしば人々の統一の象徴で、大地と人々の繁栄に責任をもち、これを保証する儀礼をつかさどる。首長の健康状態が社会や自然の秩序に直接影響を及ぼすと信じられている所も多く、首長の老衰や病気が社会の繁栄を損なうとして、事前に首長を殺し新たに次の首長を選ぶという、いわゆる「王殺し」の慣行もしばしばみられた。また気候の不順や作物の不作が首長のふるまいのせいにされることも珍しくなかった。
首長位はまた、再分配経済の中心ともなっていることが多い。首長のもとには全国から貢納や贈り物の形でさまざまな財が流入するが、首長はこれらをふたたび人々に分け与える。首長の人々に対する主要な義務の一つに祭儀の席での大盤ぶるまいや気前のよい贈り物、危急時における援助などをあげる社会も多い。自ら得る以上に与えねばならぬことさえあり、南西太平洋のティコピア島の首長は、人々の期待にこたえるために、自分の身内の協力に頼り、また自ら人一倍働かねばならなかったという。
首長位の概念的、宗教的中心性に政治的中心性がどのように結び付くかは、社会ごとに一様でない。世俗的権力と宗教的権威が2人の首長、あるいは二つの異なる役職に分離している例もあれば、1人の人間がそれらを種々の割合で兼ねていることもあり、首長の政治的権力について一般化は困難である。
[濱本 満]
人類史の発展段階における首長制の概念は、人類学と歴史学において提起されている。新進化主義人類学者のサービスElman Rogers Service(1915―1996)、サーリンズMarshall D. Sahlins(1930―2021)は、未開社会から文明社会への過渡的段階として首長制chieftainshipを提示した。サービスは、民族誌資料を整理して近現代世界の未開的諸社会の多様な形態を、社会組織における社会文化的統合のレベルにより3段階に区分した。すなわち(1)歴史的には旧石器時代の狩猟採集民に相当するバンド(band、群)、(2)同じく新石器時代の農耕・牧畜民に相当する部族(tribe)、(3)生産の分化と生産物の再配分が行われ、経済的のみならず、社会的・政治的・宗教的機能も果たす中央機関(首長という公職の成立)を有するが、法的権力を行使する国家機構により統合されるレベル(primitive state、未開国家)には到達していない首長国chiefdomである。またサーリンズは、部族の発展の極に首長国を措定する。
一方、歴史学において首長制を社会構成史の一段階に位置づけたのが石母田正(いしもだしょう)(1912―1986)である。石母田は、ポリネシアのサモアとトンガの首長制社会および6~8世紀の古代日本の在地首長制を分析して、首長制の生産関係は、カール・マルクスが『経済学批判要綱』の「資本主義的生産に先行する諸形態」において階級社会におけるアジア的共同体に対応する生産関係として提示した総体的奴隷制の範疇(はんちゅう)に相当すること、古代東洋的専制国家の下部構造であることを明らかにした。首長制の生産関係とは、直接生産者の私的所有が十分に展開しない段階で階級社会へ転化したもので、首長が直接生産者から徭役(ようえき)労働と貢納物を収奪する経済的関係であり、共同体は首長によって代表されるものである。日本の古代国家は、在地首長層と民戸のかかる生産関係のうえに成立したものである。石母田の首長制の生産関係をめぐって、社会構成史研究からは、国家的奴隷制を古代アジアに措定する立場からの批判、首長制の生産関係は奴隷制の一種としての総体的奴隷制ではなく、マルクスが『剰余価値学説史』で奴隷制・農奴制から区別した第三の範疇としての「政治的隷属関係」としてより積極的に規定すべきであるとの説、理論的根拠としたリチャード・ジョーンズ『地代論』のライオット地代論への批判などがあり、また人類学との関係からは、日本古代の首長制は律令(りつりょう)制国家成立以前の氏族制の段階としてとらえるべきであるとの説、人類学の首長制論の摂取の方法の問題などがあり、論争が続いている。
[石上英一]
『石母田正「民会と村落共同体――ポリネシアの共同体についてのノート(一)」(『歴史学研究』325号所収・1967・青木書店)』▽『石母田正著「東洋社会研究における歴史的方法について」(『岩波講座 世界歴史30』所収・1971・岩波書店)』▽『石母田正著『日本の古代国家』(1971・岩波書店)』▽『M・サーリンズ、E・サービス著、山田隆治訳『進化と文化』(1976・新泉社)』▽『サーヴィス著、松園万亀雄訳『未開の社会組織』(1979・弘文堂)』▽『サーヴィス著、増田義郎監訳『民族の世界』(1979・講談社)』▽『E・サービス著、松園万亀雄訳『未開の社会組織』(1979・弘文堂)』▽『M・サーリンズ著、山本真鳥訳『歴史の島々』(1993・法政大学出版局)』▽『綾部恒雄編『文化人類学15の理論』(中公新書)』
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(北山俊哉 関西学院大学教授 / 笠京子 明治大学大学院教授 / 2007年)
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…古墳時代は,こうした経済力の上昇が,ついにこの国土に国家としての統治形態の出現を導くにいたった時代である。また,国家的統一の進行にともなって,その統治機構のなかに組みこまれていった首長層と,一般の農民とのあいだにみる生活状態の差違が,大きくひらいてきた時代である。これを古墳時代とよぶのは,当時の首長層が,その墓として大規模な古墳を築く風習をもっていたからである。…
…都道府県,市区町村の執行機関の長を〈首長〉という。第2次大戦後の日本の地方自治体の政治制度は,国と異なり直接公選の首長と議会の二元的代表機関を中心に構成されている。…
※「首長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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