山川 世界史小辞典 改訂新版 「アラブ帝国」の解説
アラブ帝国(アラブていこく)
大征服以降ウマイヤ朝滅亡に至るアラブ・イスラーム支配体制。免税とアター受給の特権を持ったアラブ戦士が,地元の非アラブ中間支配層を通じ征服地の支配を貫徹した。非アラブの社会進出の圧力とアラブ内部の部族対立により崩壊した。
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大征服以降ウマイヤ朝滅亡に至るアラブ・イスラーム支配体制。免税とアター受給の特権を持ったアラブ戦士が,地元の非アラブ中間支配層を通じ征服地の支配を貫徹した。非アラブの社会進出の圧力とアラブ内部の部族対立により崩壊した。
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出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…イスラムの教えによれば,すべてのムスリムは人種や身分にかかわりなく,ウンマの成員として平等の権利と義務を有するはずであった。しかしアラブ帝国としてのウマイヤ朝(661‐750)は,結局,このようなイスラムの理念に合致する政治体制をつくり出すことはできなかったのである。 アッバース朝(750‐1258)の成立によってアラブの特権は失われ,帝国内におけるムスリムの平等の原理が確立した。…
※「アラブ帝国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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