…イタリア留学(1831‐32)から戻ると,彼はイギリス人の女優ハリエット・スミッソン(ベルリオーズがシェークスピア劇と出会ったときオフィーリアを演じていた)と結婚し,ひとり息子ルイが誕生した。34年のビオラ独奏付交響曲《イタリアのハロルド》は成功したが,彼の生活を支えたのは1830年以来始めた《デバ》紙などにおける批評活動で,彼は音楽批評においても第一級の仕事を残した。生活の困窮や彼のしんらつな批評に対する反感,大多数の公衆の無理解など,彼を取り巻く状況は厳しかった。…
※「イタリアのハロルド」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...