「管弦楽」は「管絃楽」の書き換え。
種々の楽器で音楽作品を演奏するために集まった、比較的大人数の合奏体。オーケストラorchestraともいう。各パート1人ずつで奏される室内楽、管楽器のみによる合奏団は管弦楽とはよばないが、弦楽だけの合奏団にはこの名称を適用するのが通例になっている。
[美山良夫]
古代ギリシアの、扇状に広がる観客席をもつ劇場の中央底部の半円形の平土間がオルケストラとよばれ、そこで合唱付きの演劇が行われた。やがて舞台が設けられ、劇が舞台上に移ると、オルケストラには合唱ないし楽隊が残った。のちに、その場所で演奏する楽隊をオルケストラ(オーケストラ)とよぶようになる。ルネサンス時代に古代演劇再興の一環として多くの音楽劇がつくられた際に、器楽合奏団が編成された。17世紀初めのオペラの誕生とともに、合奏団の位置・役割が高められた。1607年初演のモンテベルディ作曲のオペラ『オルフェオ』では、多種の管楽器・弦楽器からなる40名ほどの合奏団が使われた。
17、18世紀の管弦楽は、おもに次の三つの場所で育成された。
(1)宮廷 各地の宮廷は直属の楽団を所有した。しかしその規模や楽器編成はそれぞれ大幅に異なり、作曲家は各楽団の状況にあわせて作曲した。
(2)劇場 劇場で上演・演奏されるオペラ、オラトリオなどの伴奏をする楽団。
(3)教会 ミサに際し、また礼拝におけるカンタータの演奏に際しては、器楽合奏が独立で、あるいは伴奏として用いられた。
18世紀の中ごろになると、市民を聴衆にする公開の演奏会が催されるようになり、それとともに管弦楽の編成の拡充、交響曲や協奏曲など新しい楽曲のジャンルの発展がみられた。今日の管弦楽の楽器編成、演奏形態の基礎は19世紀の前半にできあがった。
[美山良夫]
今日の標準的な管弦楽団は約100名の奏者からなる。これらの楽器と奏者は、演奏に際し、舞台上に、楽器のグループごとに分けて配置される。配置法は何種類もあるが、現在もっとも一般的に用いられているのが の(1)に示した方法で、1925年にアメリカで始まった。それまでは の(2)に示したバイオリンが指揮者を挟んで左右に向かい合うように並ぶ方法が多く用いられた。この方法は、現在ではウィーン・フィルハーモニーなど限られた管弦楽団でしか採用されていない。
各楽器奏者の人数はフルート3のうちピッコロが1、オーボエ3のうちイングリッシュ・ホルンが1、クラリネット3のうちバス・クラリネットが1、ファゴット3のうちコントラファゴットが1といったように、同属の楽器を3管用いるものである。これはあくまで標準的なもので、曲によって人数は変化する。たとえばハイドンやモーツァルトの交響曲では各管楽器は2本以内であり、それに応じて弦の人数も減らされるし、また近代・現代の特別に大きな編成、特殊な楽器が必要とされる作品の演奏のためには、エキストラの奏者が加えられる。
に示したとおりである。これは各管楽器に3名の奏者をもち、それに相応した弦楽器奏者の数を備えた3管編成の管弦楽団の編成である。3管編成とは、[美山良夫]
管弦楽団は、編成や目的によっていくつもの種類に分けられる。前述の編成・配置は、現在わが国でもっとも一般的なコンサート・オーケストラについて説明したものであるが、これ以外に次のような特殊な編成をとるものがある。
(1)室内管弦楽団 通常10名から十数名のほとんど弦楽器からなり、これにチェンバロが加わった楽団で、バロック音楽、弦楽合奏用に書かれた近代・現代曲を演奏する。
(2)管楽オーケストラ 一般には管弦楽という邦語には該当しないが、ドイツ語やフランス語では、種々の管楽器の合奏にブラスオルケスターBrassorchester(ドイツ語)、オルケストル・ダルモニーorchestre d'harmonie(フランス語)のように、オーケストラの語を用いている。
また、管弦楽は演奏目的から次のように分けられる。
(1)コンサート・オーケストラ 定期演奏会を中心に一般の演奏活動を行う管弦楽団で、交響曲、協奏曲などがプログラムの柱となる。
(2)歌劇場管弦楽団 名称のように、かつては宮廷や王室、現在は国家により運営されることが多い歌劇場(オペラ・ハウス)に所属する管弦楽団で、オペラ、バレエの公演に参加するのがおもな任務だが、スケジュールの合間にコンサート・オーケストラとして活動する例も多い。
(3)放送管弦楽団 文字どおり放送局に所属する楽団で、大半が第二次世界大戦後に設立された。財政的に安定しているため優秀な奏者が集まりやすく、一般の演奏会では取り上げられない現代音楽、珍しい作品、新進の音楽家との協演など、積極的な運営が行われやすい。
[美山良夫]
式典の際に宮内省雅楽部管弦楽団が演奏したり、軍楽隊の演奏は明治時代から行われていたが、常設の管弦楽団活動は1926年(大正15)1月~6月に、近衛秀麿(このえひでまろ)と山田耕筰(こうさく)の指揮で12回の予約定期演奏会を行った日本交響楽協会(日響)が最初である。これから分裂して同年10月、近衛を中心とする新交響楽団(新響。NHK交響楽団の前身)が結成された。第二次世界大戦後、しだいに各地に管弦楽団が設立され、2001年現在30団体ほどが活動を続けている。また、水戸室内管弦楽団など各地に室内オーケストラが設立されたが、世界各地で活躍する演奏家が定期的に集まって公演する形式が大半である。1990年代からオリジナル楽器による演奏(作品が生まれた時代の楽器や奏法を再現して演奏)を目ざしたオーケストラの活動も目だってきた。
[美山良夫]
『A・カース著、小泉功訳『第18世紀のオーケストラ』(1957・鹿鳴閣)』▽『C・H・マーリンク、大崎滋生共著『オーケストラの社会史――ドイツのオーケストラと楽員たちの歩み』(1990・音楽之友社)』▽『みつとみ俊郎著『オーケストラとは何か』(1992・新潮社)』▽『G・ヤコブ著、宗像敬訳『管弦楽技法』(1998・音楽之友社)』▽『音楽之友社編・刊『名門オーケストラを聴く!――CDでたどるその栄光の歴史と名盤』(1999)』▽『近衛秀麿著『オーケストラを聞く人へ』新装版(1999・音楽之友社)』▽『鈴木織衛編『オーケストラを読む本――もっと知りたいオーケストラの話』(2000・トーオン)』▽『L・オベール、M・ランドスキ著、小松清訳『管弦楽』(白水社・文庫クセジュ)』
〈オーケストラ〉の訳語で,通常,弦楽器,木管楽器,金管楽器,打楽器の4群の合奏を意味するが,オーケストラは〈弦楽オーケストラ〉(弦楽器のみの合奏)や〈管楽オーケストラ〉(管楽器のみの合奏)といった用いられ方もする。小人数(2名から10名程度)で1人が1声部を担当する室内楽や,特殊な編成の楽器によるバンドと対立した意味で使われる。管弦楽団orchestraと交響楽団symphonic orchestraの呼称は,漠然と区別されて使われているが,大規模でオーソドックスな交響曲を演奏することを目的にした交響楽団は,約100名内外の演奏家によって構成され,およそ次のような楽器群と楽器数によって編成されている。(1)弦楽器群 第1バイオリン(18),第2バイオリン(16),ビオラ(12),チェロ(10),コントラバス(8),ハープ(2),(2)木管楽器群 フルート(3),ピッコロ(1),オーボエ(3),イングリッシュ・ホルン(1),クラリネット(3),バス・クラリネット(1),ファゴット(3),トッペル・ファゴット(1),(3)金管楽器群 ホルン(6),トランペット(4),トロンボーン(4),チューバ(1),(4)打楽器群 ティンパニ,大太鼓,小太鼓,シンバル,トライアングル,タンバリン,カスタネット,タムタム,木琴,グロッケンシュピール,マリンバなど。
オーケストラの楽器編成とその配置の仕方は,時代によって大きく変化している。18世紀,19世紀,20世紀の代表的な楽器編成と配置の仕方は,図のように示される。
管弦楽の前身の形態は,ルネサンス時代の器楽合奏に認められるが,今日のような多様な楽器のアンサンブルは,バロック時代に入ってオペラが誕生した後に本格的に行われるようになり,オーケストラという言葉もそこからおこった。モンテベルディは第1作目のオペラ《オルフェオ》で,通奏低音楽器群,弦楽器群,管楽器群の合奏を用い,近代のオーケストラの基礎を作った。G.ガブリエリの《サクレ・シンフォニエ》(1597)以来,さまざまな楽器の組合せによる器楽曲も数多く作曲されるようになり,バロック時代のオーケストラは,オペラの序曲と管弦楽組曲の二つのジャンルで特に活躍した。しかし17,18世紀のオーケストラの規模は,今日よりもはるかに小さなものであった。17世紀フランスの宮廷には〈王の24人のバイオリンのバンド〉があったが,リュリは管楽器やティンパニを加えてオーケストラの組織を拡大整備するとともに,初めて運弓法を統一したといわれている。当時のフランス最大のそのオーケストラも,弦楽器,管楽器,打楽器全員で20名から30名ほどであった。J.S.バッハの奉職したケーテンの宮廷オーケストラは,1720年ころ,15名から17名の編成であったし,ハイドンの奉職した1783年のエステルハージ楽団は,バイオリン(11),ビオラ(2),チェロ(2),コントラバス(2),オーボエ(2),ファゴット(2),ホルン(2)の計23名の編成であった。
しかし18,19世紀を通して演奏会の形式が一般的なものとなり,ソナタ形式の発展につれて,オーケストラの規模はしだいに拡大されるようになった。モーツァルトやハイドンは,晩年になってクラリネットを使い始め,弦楽器群の数もいっそう増大し,ベートーベンやシューベルトは,管楽器を2本ずつ使う〈2管編成〉のオーケストラのために多くの交響曲を作曲した。19世紀に入ってからは,ウェーバー,ベルリオーズ,マイヤーベーアがオーケストラの拡大の道をさらに推し進めた。ベルリオーズはその著《管弦楽法》(1843)で,新しい管楽器や打楽器の使用をすすめ,通常のコンサートの理想的なメンバーとして121名,フェスティバルのためには465名という数をあげている。このようなロマン派のオーケストラの巨大化は,ワーグナー(オーケストラに〈ワーグナー・チューバ〉を加えた),マーラー(交響曲第8番は,1000人以上のメンバーを必要とするので《1000人の交響曲》と呼ばれる),R.シュトラウス(華麗をきわめた管弦楽法を用いた),A.シェーンベルク(《グレの歌》は独唱と合唱を含む膨大な編成で有名)によって頂点に達した。しかしこうした巨大なオーケストラは,20世紀に入って,ソナタ形式や調性構造の崩壊とともにしだいに縮小されるようになった。
日本の最初の管弦楽の演奏は,1881年5月,音楽取調掛の伝習生によって行われ,その後,東京音楽学校,海軍軍楽隊で小規模な編成のオーケストラが結成された。山田耕筰は〈日本交響楽協会〉を結成し,1926年に定期演奏会を開始した。同年この協会から離れた近衛秀麿は〈新交響楽団〉(現,NHK交響楽団)を組織,日本のオーケストラ隆盛の基礎を作った。
執筆者:船山 隆
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…欧米語の〈オーケストラ〉の語源は,ギリシア語orchēstraで,古代ギリシアの円形劇場の平土間を意味した。明治時代に,雅楽の用語を用いて,〈管弦楽〉と訳された。管弦楽【船山 隆】。…
…アジアではしばしば声(歌,掛声)が重要な要素として付加される。 各声部複数楽器の代表は大規模編成の管弦楽だが,弦楽器のみによる弦楽合奏,管楽器のみによる管楽合奏あるいは吹奏楽,マンドリン合奏,軽音楽グループの合奏なども含まれる。アジアにおける大規模合奏の例にガムランや雅楽がある。…
※「管弦楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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