標題音楽(読み)ヒョウダイオンガク(英語表記)program(me)music

デジタル大辞泉 「標題音楽」の意味・読み・例文・類語

ひょうだい‐おんがく〔ヘウダイ‐〕【標題音楽】

内容を示す題あるいは説明文がつけられ、聴き手を一定の方向に導こうとする楽曲。ベルリオーズの「幻想交響曲」やリスト交響詩など。→絶対音楽

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精選版 日本国語大辞典 「標題音楽」の意味・読み・例文・類語

ひょうだい‐おんがく ヘウダイ‥【標題音楽】

〘名〙 (Programmusik の訳語) 文学的、絵画的、劇的な内容をもち、その内容を表示した特定の標題を付した器楽曲。ベルリオーズの「幻想交響曲」、R=シュトラウスの交響詩、ドビュッシー管弦楽曲「海」などロマン派以後の音楽に多い。

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改訂新版 世界大百科事典 「標題音楽」の意味・わかりやすい解説

標題音楽 (ひょうだいおんがく)
program(me)music

曲の表そうとするものを示す題,あるいは説明文の付いた器楽曲で,文学的・絵画的・観念的などの表現との関連で聴かれることが意図された音楽。絶対音楽と対立し,共に19世紀に生まれた言葉であるが,両者の境は流動的で,かつ相互に影響し合っている。標題音楽の概念は論者によりさまざまに用いられるが,上述の意図をもった器楽曲を指すものと解し,声楽曲でも用いられている標題音楽と同様な処理は標題音楽的手法と呼び,下位のジャンルとして標題交響曲,交響詩(標題をもった,たいていは1楽章の管弦楽曲)を含むと考えるのが一般的である。

 標題交響曲は標題音楽的な交響曲で,交響詩と異なり多楽章形式である。標題に,また交響曲の形式にどの程度忠実かは,曲により相違がある。1800年ころパリでこの語が用いられ始め,〈描写的交響曲〉とも呼ばれ,ハイドンの交響曲《朝》《昼》《晩》は古典派における例で,ロマン派のそれを代表するのがベルリオーズの《幻想交響曲》である。

 標題音楽と関連した術語に〈音画〉がある。前者がジャンルの呼称であるのに対し,これは手法を指すものといえる。すなわち鳥の声,嵐,車,槌の音のような聴覚的現象や,稲妻のような視覚的現象,上昇・逃走のような運動などの描写をする手法で,さらに権力と戦争をトランペットで表すような,現実の領域と楽器の伝統的な連想にも依存する。したがって音画は声楽曲にも用いられ,標題音楽的手法の一つとみなされるが,ジャンルの名として用いられることもある。

 標題音楽に隣接するジャンルとして〈キャラクター・ピースcharacter piece(性格的小品)〉または抒情的小品がある。本来の標題音楽には属さないが,題をもち,これによって暗示された詩的気分により性格づけられている点で標題音楽と類縁関係にある。標題音楽が外面的対象の描写,できごとの展開の表現と結びつく可能性があるのに対し,キャラクター・ピースは静的な気分の表出という内面性と抒情性を特質とし,一般にピアノのための小曲が多いという相違がある。その題は,〈親密に〉のように発想標語として気分の方向を暗示するにとどまるもの,〈カプリッチョ〉〈即興曲〉などのジャンル名によりこれを示すもの,さらに,もっと具体的な題を付けて演奏者や聴き手の解釈を規制しようとするものもある。キャラクター・ピースは小品性を特色とするが,シューマンの《幻想小曲集》《子どもの情景》のようにいくつもの曲がまとめられている場合も少なくない。しかし,各曲が有機的関連をもって構成されているのではない。ショパンの《ノクターン》などもこれに数えられるが,このような曲になると純粋器楽との境は流動的になる。19世紀半ばの少し前からヨーロッパで流行した〈サロン音楽〉も,優雅で抒情的なピアノ独奏あるいは小編成の小品という点でキャラクター・ピースに隣接するが,これの典型の一つであるT.ボンダジェフスカ(バダジェフスカ)の《乙女の祈り》のように,より通俗的であるという違いがある。

 標題音楽については,従来主として,文学的・絵画的なものを音楽が表せるかという観点から論じられてきた。しかし,19世紀の標題音楽全盛期の次のような見解が最近注目されるようになった。それは,標題は曲のただのレッテルではなく,また曲の内面的計画でもなく,音と並んでこの種の曲の本質的構成要素をなすという考えである。すなわち,題とその背後にある文学的・劇的などの内容と音楽との複合芸術という説である。聴き手は,いわば声楽曲で音と歌詞を総合して受容するように,題の示す内容と音楽とを総合して受容するのである。また,例えばリストの《ファウスト交響曲》のように,文学作品と結びついた標題音楽は文学の内容を音楽化しているのではなく,その文学作品がその題材によって表現することを目ざしたが表現し尽くすことのできなかった,単に文学的な内容を超えたより深いものを音を使って表現しようとする試みであり,ゲーテの創作の継続なのであるという考えである。

19世紀の標題音楽の先駆としては,14世紀の鳥の声を描写した音画的要素を含んだ声楽曲〈カッチャcaccia〉(〈狩り〉の意)や15世紀の声楽曲〈バッタリアbattaglia〉(〈戦い〉の意)での戦争の場面の描写があげられる。これら声楽曲での標題音楽的手法に対し,器楽の分野では17世紀のポリエッティAlessandro Poglietti(?-1683)の《夜鶯》の組曲やマンディJohn Mundy(1555ころ-1630)の〈稲妻〉や〈雷〉を描写したバージナル曲がある。バロック時代にも多くの標題音楽的な作品が作られ,聖書の物語を叙述したJ.クーナウの《聖書ソナタ》やビバルディの《四季》,J.S.バッハのカプリッチョ《最愛の兄の旅立ちに当たって》はその一例にすぎない。F.クープランハープシコードの小品にはキャラクター・ピースの先駆をなす作品がある。古典派時代は標題音楽はやや後景に退くが,ハイドンその他に標題交響曲の早い例がある。18世紀末になると音画の内面化が始まり,自然の外面の描写ではなく体験された自然の主情的表現というロマン派的な姿勢へと転換する。ロマン派ではベルリオーズ,リスト,R.シュトラウスらによって多くの標題交響曲や交響詩が作られる一方,本来の標題音楽ではないがメンデルスゾーンの《無言歌》,シューマンの《パピヨン(蝶)》のようなキャラクター・ピースが多数出現する。19世紀末から20世紀初めのドビュッシーらの音楽上の印象主義の標題作品では,ロマンティックな感情表出と性格を異にし,微妙な雰囲気が暗示されている。純粋な音の構成を追求する現代音楽では,標題音楽は音楽の中枢を退いたが,レスピーギ,ショスタコービチらの作品があるほか,メシアンでは音と観念的なものとの結合が,ロマン派とは異なった見地からなされている。理論のうえでは,従来ややもすると多くの人への音楽普及の手段とみなされるか軽蔑の対象とされるきらいがあったが,音楽を音のみによる完結した芸術とする近代的音楽観を批判する観点から,再び注目を集めている。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「標題音楽」の意味・わかりやすい解説

標題音楽
ひょうだいおんがく
programm music 英語
Programmusik ドイツ語
musique à programme フランス語
musica a programma イタリア語

音楽作品のうち、その曲が表現しようとするものを示した題名・文章がつけられ、それによって、聴く人を一定の方向に導こうとする器楽曲ないし合奏曲。この種の題名や文章などを伴わない絶対音楽の反対語で、両者の区別は19世紀に成立した。ただし、標題に相当するものを伴った作品は中世末から存在し、バロック時代にもビバルディの合奏協奏曲『四季』に代表されるように、鳥の鳴き声の模倣など、描写的な手法を取り入れた作品は少なくない。19世紀には、作曲家の主観・主情を表す手段としての標題音楽がつくられるようになった。ロマン派の求めた感情表出を、協奏曲やソナタなどの抽象的な形式よりも、標題音楽でいっそう豊かに展開できると考えた作曲家は多く、多様な作品が生まれた。

 この時代の代表的な標題音楽は、交響詩、標題交響曲である。標題として用いられたのは、古今の文学(シェークスピアによるベルリオーズの劇的交響曲『ロメオとジュリエット』、ラマルチーヌの詩によるリストの交響詩『前奏曲』)、絵画(ベックリンの絵によるラフマニノフの交響詩『死の島』)、自国の風土や歴史(スメタナの連作交響詩『わが祖国』)などである。これらは、各標題の主観的な描写や、できごとの展開の表現と結び付きやすい。しかし一方、ピアノ独奏など、独奏ないし小編成の合奏の場合は、概して前記の描写・表現には向かわず、気分や情緒の静的な表出、内面的で叙情的な表現へ向かう傾向がある(例、シューマンのピアノ曲『子供の情景』)。

 標題音楽は、作曲者があらかじめ標題を定めて、それに基づいて作曲するのが一般であるが、そうではなく、作曲後に標題が付される場合もある。したがって、標題と音楽の関係が密接な作品と疎遠な作品とがある。また、オーストリアの音楽美学者ハンスリックなどの絶対音楽を支持する側から、音楽は一定の情緒や事物を明確に表すことができないため、標題音楽は成り立たないという批判も浴びせられた。

 標題風の題名はもっていても、バレエ音楽などの舞台用の音楽や声楽作品は、標題音楽には含めないのが一般である。しかし、リストの『ファウスト交響曲』、前記ベルリオーズの劇的交響曲など、声楽を含む標題音楽もある。

[美山良夫]

『ハンスリック著、渡辺護訳『音楽美論』(岩波文庫)』『J・リーデル著、福田昌作・宮本憲子訳『ロマン派の音楽』(1977・音楽之友社)』

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百科事典マイペディア 「標題音楽」の意味・わかりやすい解説

標題音楽【ひょうだいおんがく】

ある標題のもとに一定の具象的内容を表現目的としてつくられる楽曲。19世紀のヨーロッパで絶対音楽と対立するものとして音楽美学の立場から生まれた概念で,英語でprogramme music(英国),program music(米国)。ロマン派(ロマン主義)の作曲家が好んで作曲した交響詩などの管弦楽曲や器楽曲をさし,オペラや声楽曲は一般に含めない。ベルリオーズの〈標題交響曲〉,F.リストやC.フランクの交響詩などがその典型。→クーナウハンスリック
→関連項目春の海悲愴交響曲ライトモティーフリムスキー・コルサコフレーガー

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「標題音楽」の意味・わかりやすい解説

標題音楽
ひょうだいおんがく
program music

楽曲の様式。文学的,絵画的,劇的な内容を暗示する主題や説明文,すなわちプログラムを伴った音楽。器楽曲に多く用いられ,絶対音楽に対する。ロマン派におけるシューマンの標題付きピアノ曲,ベルリオーズの標題交響曲,リストや R.シュトラウスの交響詩などが最も代表的なものであるが,国民楽派の風景や伝説を描いた音楽や,瞬間的なイメージをとらえた印象派の音楽も標題をもっている。 14世紀には狩りや市場の情景を描写した音楽があり,16世紀のシャンソン,バロック時代のクープランやラモーの作品,ビバルディの『四季』などにも標題音楽的試みはなされてきた。

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世界大百科事典(旧版)内の標題音楽の言及

【絶対音楽】より

…すなわち声楽曲と対立する。(2)概念的・対象的内容の描写の意図をもつ標題音楽と対立する。(3)演奏の時・所という機会への顧慮,宗教的・社交的などの目的,すなわち機能音楽に対立する。…

【リスト】より

…作曲技法として主題とその変容による単主題的作法を確立,シェーンベルクの〈発展的変奏〉技法の先駆をなした(《ソナタ》《前奏曲》など)。また自ら命名した〈交響詩〉や標題付きの交響曲に新境地を開き,〈標題音楽〉という名もリストが論文《ベルリオーズのイタリアのハロルド》(1855)のなかで定義づけたものである。 第4期(1861‐69)はローマ時代と呼ばれる。…

※「標題音楽」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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