イネス・ド・ラフレサンジュ(その他表記)Ines de la Fressange

現代外国人名録2016 の解説

イネス・ド・ラ フレサンジュ
Ines de la Fressange

職業・肩書
ファッションデザイナー,ファッションモデル

国籍
フランス

生年月日
1957年

出生地
サントロペ

経歴
フランスの名門貴族の家柄に生まれる。曽祖父コロンビアの大統領、祖父はフランスの大臣を歴任、父は銀行家、母はモデル。バカロレア取得後、ルーブル美術学校で美術史と考古学を学ぶが、在学途中の1975年に18歳でモデルデビュー。’84年シャネルの独占契約でトップモデルとして一世を風靡する。’89年6月フランス革命200周年の記念事業のひとつのマリアンヌ選考会で’90年代のイメージ・モデルに選ばれるが、これに反対するデザイナーのカール・ラガーフェールドと対立。同年7月に行われたパリ・コレには出演を拒否し、シャネルを去った。一方、ファッションデザイナーとして“イネス・ド・ラ・フレサンジュ・パリ”を立ち上げたほか、ファッション・コンサルタントとしても活動。2005年からはフランスの人気靴ブランド“ロジェ・ヴィヴィエ”のブランドアンバサダーを務める。2014年にはユニクロのスペシャルコラボレーターに就任し、自身のブランドとの提携による特別コラボレーションラインを展開。著書に「パリジャン・シック」がある。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む