ウィーン法学派(読み)ウィーンほうがくは(その他表記)Wiener Rechtsschule

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウィーン法学派」の意味・わかりやすい解説

ウィーン法学派
ウィーンほうがくは
Wiener Rechtsschule

ウィーン大学教職についていた頃の H.ケルゼン (主として第1次世界大戦直後の 10年間) を中心にして形成された法哲学上の学派。ケルゼンの純粋法学が思想的中核をなしていたが,この学派の A.メルクル,A.フェアドロス,E.カウフマンなどはそれぞれ独自の法理論を展開していった。ケルゼンを通じて日本に与えた影響も大きい。

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