純粋法学(読み)じゅんすいほうがく(英語表記)reine Rechtslehre[ドイツ]

改訂新版 世界大百科事典 「純粋法学」の意味・わかりやすい解説

純粋法学 (じゅんすいほうがく)
reine Rechtslehre[ドイツ]

H.ケルゼンによって主張された,法を政治的・倫理的評価や社会学的関心から分離し〈純粋に〉研究しようとする法理論。純粋法学は私法と公法の区別を否定し,実定法の一般理論を目ざすものである。またH.L.A.ハートなどの現代分析法哲学にも批判的に摂取されている。(1)方法的基礎 純粋法学の方法の基礎となっているのは,存在〈……である〉と当為〈……すべき〉の峻別=二元論である。これは自然の世界に妥当する因果法則と法の世界に妥当する規範法則とを区別し,因果法則を認識しようとする自然科学に対して規範法則の認識を任務とする規範科学としての法学の独自性を主張するものであり,その際,法現象の因果的認識を行う法社会学に対して法学の規範科学としての〈純粋性〉を説く。(2)法の概念 ケルゼンは,法の本質を強制であるとし,自然法に基づく自然の秩序が可能とする自然法論を批判する。そして人間には人為の秩序のみが可能であり,それは人為によって強制されねばならないとする。しかしケルゼンは,人為の秩序を単に恣意(しい)的な力の支配と考えてはおらず,むしろ法は力の支配に枠をはめ強制力の行使の基準を示すものであると考えた。すなわち法は権限の分配を定めた〈授権の体系〉をなす。そして彼は,この〈授権の体系〉が,憲法は議会に立法権を授権し,法律は内閣に政令制定権を授権するというように上下ピラミッドをなすとし,法段階説を唱えた。(3)根本規範 このピラミッドたる授権の体系の頂点には根本規範が仮設されねばならない。ケルゼンは根本規範と自然法規範との区別を強調している。根本規範は,自然法規範のように無条件的・定言的規範ではなく,授権の体系のなかで上位規範をつぎつぎとさかのぼっていくときに,もうこれ以上さかのぼりえないものであって,いかなる上位規範からも授権されえない規範が,実定法を規範妥当性をもつものとして認識しうるために,論理上仮定されざるをえないことを示す概念である。(4)国家論および国際法論 ケルゼンは,国家を実体的に考えるのは未開人のアニミズムに由来する擬人的思考の産物であるとし,合理的にみれば国家は擬人化された法秩序にすぎないと主張した。また国際法と国内法を異なったものと考えるのは国家の実体化=擬人的思考から生じた誤りであるとし,国際法と国内法は法理論上同一の体系のなかにあるとした。
法実証主義
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「純粋法学」の意味・わかりやすい解説

純粋法学
じゅんすいほうがく
reine Rechtslehre ドイツ語
pure theory of law 英語

ハンス・ケルゼンが主唱し、アドルフ・メルクル、アルフレート・フェアドロスなどの学者が継承、発展させた法学上の学派。ウィーン法学派ともいう。法規範を、社会学的事実や政治的要請とは独立した認識の体系としてとらえようとする主張で、そこから次のような主張が導き出された。

(1)「法強制説」(法は強制発動の条件を定める規範として、他の規範から区別される)
(2)「法段階説」
(3)「国際法優位説」(国際法は国内法より上位の法体系である)
(4)「主権否認説」(上位に権威をもたない主権という性質を国家が有しているという理論は誤りである)
(5)「国家法秩序同一性説」(国家とは法秩序を擬人化したもので、実は両者は同一である)
(6)「枠の理論」(法とは多様な解釈を容(い)れるものであり、法の通用執行、解釈などとよばれる作業は、枠内の一つの可能性を選択する行為である)
(7)「根本規範論」(法規範体系の究極的根拠は仮説定根本規範である)
(8)「法実証主義」(自然法は認識不可能で、自分の主説を絶対化するためのイデオロギーである)、などである。

 ケルゼンの亡命とともにその影響力は拡散されたが、現在でも法哲学、公法、国際法などの学界に追随者をもち、論議の対象となっている。日本でこの傾向に属する学者としては、横田喜三郎、宮沢俊義(としよし)、鵜飼信成(うかいのぶしげ)、碧海(あおみ)純一らがいる。

[長尾龍一]

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百科事典マイペディア 「純粋法学」の意味・わかりやすい解説

純粋法学【じゅんすいほうがく】

法を当為命題としてとらえ,法学の任務を強制規範の体系としての法秩序の論理的・階層的構造を明らかにすることであると主張する法学。主観的な道徳的・政治的価値判断を拒否し,目的論的解釈を排し,新カント学派的な立場から価値自由な認識方法の純粋性を貫こうとした。自然法を否定し,徹底した法実証主義に立つ。ケルゼンによって唱えられ,ウィーン法学派と呼ばれる一派をなし,法哲学,公法学,国際法学等の分野に大きな影響を与えた。日本においては,横田喜三郎などによって紹介された。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「純粋法学」の意味・わかりやすい解説

純粋法学
じゅんすいほうがく
reine Rechtslehre

H.ケルゼンによって主唱された実定法の純粋な客観的認識を目指す法理論。法学を政治的,倫理的考察や社会学的事実認識から方法論的に峻別し,規範体系としての実定法をその規範論理に即して客観的,科学的に認識すべきことを主張するもの。一方では,法学を倫理学や政治イデオロギーに還元する自然法論,マルクス主義法学に対立し,他方では法学を社会学的に解釈する社会学的方法に対立する。

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世界大百科事典(旧版)内の純粋法学の言及

【ケルゼン】より

… ケルゼンの業績は,いちおう法理論的側面と法思想的側面とに大別できる。主要著書としては,前者では《国法学の主要問題》(1911),《純粋法学》(1934,第2版1961),《規範の一般理論》(遺稿,1979)等,後者では《民主主義の本質と価値》(1920),《社会と自然》(1943),《正義とは何か》(1957)等がある。まず法理論的側面に関しては,とくに実定法の一般理論としての純粋法学の創唱が有名である。…

※「純粋法学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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