ウズベク-ハン国(読み)ウズベク−ハンこく

旺文社世界史事典 三訂版 「ウズベク-ハン国」の解説

ウズベク−ハン国
ウズベク−ハンこく

中央アジアのウズベク族が建てた3ハン国の総称
中央アジアのウズベク族はスンナ派として,サファヴィー朝と対立,16世紀にイルバルスがシャイバーニ朝から独立し,ヒヴァ−ハン国を建てた。同世紀末にはブハラ−ハン国も成立し,両国間の抗争が続いた。しかし両国とも18世紀にはアフシャール朝のナーディル=シャーによって支配された。いっぽうフェルガナ地方には18世紀初頭コーカンド−ハン国が成立し,清とロシア間の中継貿易で繁栄した。19世紀にはロシアの進出が激しくなり,ロシアの保護国となった。1920年ヒヴァ−ハン国・ブハラ−ハン国は王政を廃止され,これに旧コーカンド−ハン国を加えてタシュケントを首都とするウズベク社会主義共和国が成立した。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

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