オストロウィエツシフィエントクシスキ(その他表記)Ostrowiec Świętokrzyski

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

オストロウィエツシフィエントクシスキ
Ostrowiec Świętokrzyski

ポーランド南東部,シフィエントクシスキェ県の工業都市ワルシャワの南約 150km,ウィスワ川の支流カミェンナ川に沿った台地上に位置する。 1524年ジグムント1世によって建設された。 1830年代に製鉄工場が設置されてから工業が発展し,重要な工業中心地として機械建材,陶器,食品,鉄道車両などを生産。第2次世界大戦中は付近一帯がドイツ軍に対するパルチザン戦闘舞台になり,周辺地区住民と合わせて約1万 6000人が殺害され,もしくは戦死した。人口7万 5639 (2002) 。

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