カピサ(その他表記)Kapisa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カピサ」の意味・わかりやすい解説

カピサ
Kapisa

アフガニスタン古代都市カーブルの北約 60kmのベグラームにその遺跡がある。パンジシル川とゴルバンド川の合流点近く,インドへの幹線路上の要衝として古くから栄えた。 1939年以来のフランス隊の発掘によれば,その歴史は前3世紀のグレコ=バクトリア王国時代までさかのぼる。のちにクシャン朝カニシカ王の夏の都となり,仏教の中心地として繁栄した。発掘の結果から,おそらくササン朝によって3世紀頃破壊されたと推定されているが,玄奘によって,7世紀になお伽藍は約 100,僧 6000人余を擁していたと伝えられている。

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