サトマールの講和(読み)サトマールのこうわ(その他表記)Peace of Szatmár

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「サトマールの講和」の意味・わかりやすい解説

サトマールの講和
サトマールのこうわ
Peace of Szatmár

ハンガリーのオーストリアへの従属を決定的にした条約。スペイン継承戦争に巻込まれた神聖ローマ皇帝レオポルト1世がハンガリーから軍隊を撤退させると,ハンガリーでは独立戦争 (1701~11) が勃発。しかしスペイン継承戦争におけるフランスの形勢が不利になるに従って,独立戦争の敗色が濃くなり,ロシアの支持を取付けるために蜂起の指導者ラーコーツィ・フェレンツ2世がペテルブルグにおもむいた。その不在中の 1711年,副官カーロイ・シャーンドルによってサトマール (現ルーマニアのサトゥマレ) で講和が結ばれた。ハンガリー貴族はこれによって封建的諸特権,地方行政への参加権を認められるかわりに,ハプスブルク家の世襲的なハンガリー支配権を承認した。

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