改訂新版 世界大百科事典 「シッパル」の意味・わかりやすい解説
シッパル
Sippar
バビロニア北部,アッカド地方の都市。現遺跡名アブー・ハッバAbū Habba。1881-82年H.ラッサムにより発掘され,収集品は大英博物館に送られた。94年にはV.シェイユ,1934年にはW.アンドレーおよびJ.ヨルダンが発掘・調査した。さらに72年よりベルギー隊が〈大シッパル〉の一部と思われる遺跡テル・エッデールTell el-Dērの発掘を開始するとともに,アブー・ハッバも再調査した。ユーフラテス川に沿う古代バビロニア低地諸都市のうち北東端に位置し,商業により繁栄した。牧民との交易も活発であったと思われる。シッパルからは前3千年紀後半の初期王朝期文書も出土しているが,前2千年紀初頭のバビロン第1王朝とりわけハンムラピの治世時代に大繁栄をみた。太陽神シャマシュの神殿があったことで知られ,イランのスーサで発見されたハンムラピ法典碑も本来はシャマシュ神殿内に建立されていた。約2000枚のバビロン第1王朝期粘土板文書が研究可能であり,ほかにこれを上回る前7~前5世紀,新バビロニア時代からペルシア時代にかけての行政・経済文書が多数出土しているが,大部分はいまだ未整理である。シッパルはセレウコス朝時代にも重要な商業中心地であったらしい。
執筆者:前川 和也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報