改訂新版 世界大百科事典 「ジャマールアッディーン」の意味・わかりやすい解説
ジャマール・アッディーン
Jamāl al-Dīn
中国,元代の天文・暦法・地理学者。中国名は札馬剌丁。おそらくイラン人と思われるが,その生没年および中国への移住の年代は不明。世祖フビライに仕え,1267年(至元4)〈西域儀象〉と呼ばれる7種類の天文・地理関係の器具を作製,また《万年暦》と呼ばれる暦書を編纂してともにフビライに献上した。71年大都の回回司天台提点(イスラム天文台長)に任命され,73年には秘書監の長官の職をも兼任してイスラム文献の収集に努めた。86年地理図志編纂の必要性を上奏し,翌87年秘府纂修地図志監官(編集主任)となりその編集に着手,91年《大一統志》755巻を完成して秘府に納めた。このようなジャマール・アッディーンの多方面にわたる活躍は,ムスリムをはじめとする〈色目人〉を重んじ,イスラム文化の中国への導入に多大の関心を示した元朝の政策をよく反映したものといえる。
執筆者:間野 英二
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