ドルベット部(読み)ドルベットぶ(その他表記)Dörbed

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ドルベット部」の意味・わかりやすい解説

ドルベット(杜爾伯特)部
ドルベットぶ
Dörbed

ジュンガル部族の一部。 17世紀の初めオイラート (瓦剌)族のチョロス (綽羅斯)部が強力になると,それとともに天山,アルタイ地方に拠り,ジュンガルと称した。 1753年ハンの継承に不満をもち,清朝にくだった。清朝はこれを 16旗に編成,アルタイ山脈の北,ウプサノール付近に牧地を与えた。なお内モンゴル東部 (現在は黒竜江省斉斉哈爾〈チチハル〉市の南東方) にも同名の旗 (現在はモンゴル族自治県) があるが,これはホルチン (科爾沁) 部族の分派である。

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