ハイドパーク合意(読み)ハイドパークごうい(その他表記)Hyde Park Agreement

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ハイドパーク合意」の意味・わかりやすい解説

ハイドパーク合意
ハイドパークごうい
Hyde Park Agreement

1944年9月にニューヨーク州ハイドパークで行われたアメリカの F.ルーズベルト大統領とイギリスの W.チャーチル首相の会談の結果,調印された原子力に関する米英協力の覚え書原爆製造計画と原子力平和利用について完全に意見が一致し,「原爆が完成した際には,熟慮のうえ,おそらく日本人に対して使用し,その爆撃は降伏するまで繰返すと警告する」ことで合意した。またデンマーク物理学者 N.ボーアが熱心に説いていた原子力国際管理に関するソ連との話合いについては,「ボーアは信頼すべきでない」として,早期接触を行わないことで意見が一致した。これは,アメリカが第2次世界大戦後の世界平和維持について,米ソ英仏四大国の協力より米英両国の協調重視の立場をルーズベルト時代に固めていた証左とみられている。

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