…一方,当時ロシアの西部を併せていたリトアニアのヤギエウォ朝の諸王は,東方との接触を保っていた。ブワディスワフ2世ヤギエウォは1418年ルブリンの王宮礼拝堂その他に,またカジミエシュ4世も1470年プスコフの画家に依頼してクラクフのバベル城内大聖堂の礼拝堂にビザンティン・ロシア様式のフレスコ画を描かせている。 16世紀はじめ,若き日にハンガリーの宮廷でマーチャーシュ1世以来のイタリア・ルネサンスの成果に接したジグムント1世父王は,ハンガリーで制作していたフィレンツェの芸術家たちをクラクフに呼び,バベル城の王宮をルネサンス様式で再建させ,大聖堂内に,東欧における現存するルネサンスの最高傑作であるジグムント礼拝堂を作らせた。…
※「バベル城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
[名](スル)いくつかの異なった考え方のよいところをとり合わせて、一つにまとめ上げること。「両者の意見を―する」「和洋―」「―案」[類語]混合・混じる・混ざる・混交・雑多・まぜこぜ・ちゃんぽん・交錯...