…一方,当時ロシアの西部を併せていたリトアニアのヤギエウォ朝の諸王は,東方との接触を保っていた。ブワディスワフ2世ヤギエウォは1418年ルブリンの王宮礼拝堂その他に,またカジミエシュ4世も1470年プスコフの画家に依頼してクラクフのバベル城内大聖堂の礼拝堂にビザンティン・ロシア様式のフレスコ画を描かせている。 16世紀はじめ,若き日にハンガリーの宮廷でマーチャーシュ1世以来のイタリア・ルネサンスの成果に接したジグムント1世父王は,ハンガリーで制作していたフィレンツェの芸術家たちをクラクフに呼び,バベル城の王宮をルネサンス様式で再建させ,大聖堂内に,東欧における現存するルネサンスの最高傑作であるジグムント礼拝堂を作らせた。…
※「バベル城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の9月中 (9月後半) のことで,太陽の黄経が 210°に達した日 (太陽暦の 10月 23日か 24日) に始り,立冬 (11月7日か8日) の前日までの約 15日...