日本大百科全書(ニッポニカ) 「バリー夫人」の意味・わかりやすい解説
バリー夫人
ばりーふじん
Comtesse du Barry, Jeanne Bécu
(1743―1793)
フランス国王ルイ15世の寵妾(ちょうしょう)。王室領地官の私生児で、初め裁縫女となり、芸術家たちの社会で浮き名を流して半娼婦(しょうふ)的生活を送っていたが、デュ・バリー伯Guillaume du Barryと結婚して宮廷入りし、その美貌(びぼう)でたちまち王を魅了して寵を受けるに至った。その痩身(そうしん)、ブロンドの巻き毛、優雅な身のこなし、大きな青い目、快活さで、王の先の寵妾ポンパドゥール夫人をしのぎ、ルーブシェンヌの城館、年額4万リーブルの税金受益権など数々の恩典を受けた。
一方、国政にもたびたび口を出し、宰相ショアズールÉtienne François Choiseulと終生反目しあい、これの失脚を計ったが、王の死とともに宮廷から追放された。大革命のとき、ロベスピエールらから「王侯の淫蕩(いんとう)の共犯者、フランス共和国に対する暴君・貴族・僧侶(そうりょ)どもの陰謀の手先」として告発され、断頭台の露と消えた。
[榊原晃三]
『アラン・ドゥコー著、柳谷巌訳『フランス女性の歴史2』(1980・大修館書店)』