ファーマコゲノミクス(Pharmacogenomics)はPharmacology(薬理学)とGenomics(ゲノム学)の造語で、あえて日本語に訳すと「薬理ゲノム学」となりますが、このまま使うことが多く、PGxと略します。治療薬に対する反応に影響するゲノム上の遺伝子多型を明らかにし、医療などに応用することを目指した学問と定義することができます。「治療薬に対する反応」は、薬の有効性と副作用の両方を意味しています。
これまでの薬物療法では、抗がん剤のような副作用の強い薬剤であっても、その効果と副作用を注意深く観察しながら投与してみることが一般的です。当然のことながら、人によっては無効な場合や、治療目的の薬で命を落とすことさえあります。PGxにより、薬を使う前に必要な遺伝子検査をすることによって、個々人の病気に最も有効で、しかも副作用の最も少ない方法を選ぶことができる、いわゆる「個の医療」が実現できると期待されています。さらに、放射線療法、栄養、毒物を含めた環境物質などに対する個人差を明らかにすることも、視野に入っています。
現在、世界中で進められているゲノム医学研究は、多様な個々人の遺伝的特徴、性、生活習慣、人生観、集団の文化、環境などを考慮したうえで、その個々人に最適な医療や健康増進に対する方策を提供することを最終的な目標にしています。PGxはそのうち、最初に実現可能な薬物療法をターゲットにしているのです。
当初、PGxが進めば薬の売り上げが減り、製薬会社の利益が減るのではという議論もありましたが、実際はその逆のことが起こっています。
たとえば、イリノテカンという日本で開発された抗がん剤は極めて有用な薬ですが、副作用で亡くなる方が相次いで報告されたため、一時、その使用量は減りました。しかし、これも日本の研究者により、副作用の出る人は遺伝子検査である程度予測することができることが明らかにされました。その結果、米国ではその薬の説明書に遺伝子検査の有用性が書かれるようになり、実際の使用量が増えるという結果になったのです。もちろん、医療スタッフ、患者の両方にとっても望ましい医療につながっています。遅れましたが、日本でも検査の保険点数がつきました。
米国食品医薬品局(FDA)はPGxに極めて積極的で、薬品開発にもPGxの検討を加えることを推奨しています。また、遺伝子検査をすることの有用性が明らかになった場合は、その有用性をランク付けしたうえで、薬の使用説明書に明記する仕組みをつくり、インターネット上で公開しています。
今後、PGxの成果を実際の臨床の場で応用する機会が急増することは、間違いありません。しかし、検査結果は重要な個人遺伝情報であるため、その意味を誤解がないように、わかりやすく説明する必要があります。
現在のままでは、臨床現場での混乱は不可避であり、新たな仕組みと説明する人材を準備しなければなりません。日本の医療現場に適したガイドライン作成が進められています。
羽田 明
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
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