翻訳|pharmacology
薬物と生体のかかわりあい(相互作用)について研究する薬学の一分野。薬物の起源,製法,化学構造,物理化学的性状など,薬物そのものを研究する薬物学materia medica,薬物の生体に及ぼす影響やその作用部位,作用機序など薬理作用を研究する薬力学pharmacodynamics(または薬理作用学),および薬物の血中への吸収,全身各臓器への分布,体内における代謝,および体外への排出などの薬物の生体内での動きを研究する薬物動態学pharmacokineticsから成る。このほか,薬物を研究の手段として用いて生体のしくみを明らかにする学問も含まれる。薬理学は物理化学,生理学,および生化学を基盤として生命科学における一つの基本領域をなし,また基礎医学の重要学科の一つでもある。
薬理学は古代エジプト文明の時代から薬物学として発達してきたが,近代薬理学の祖とされるドイツのシュミーデベルクOswald Schmiedeberg(1838-1921)によって,薬物の作用を主として動物臓器の一部を用いて実験的に観察する手法が取り入れられて以来,実験薬理学として長足の進歩を遂げるに至った。
日本においては1885年,現在の東京大学医学部に薬物学講座が開設されたのが薬理学の初めとされている。現在ではすべての医科大学,歯科大学,薬科大学,および農科大学獣医学科に薬理学講座が設けられており,医科大学では2講座ある大学も少なくない。薬理学交流の場としては1927年に第1回日本薬理学会が開催され,97年現在,年会は70回を記録し,会員数は6500人を超えている。
薬理学のなかで薬物の作用機序を分子レベルで説明しようとする分野はとくに分子薬理学と呼ばれ,また薬物の作用や体内動態について異なった動物種属間で比較する分野は比較薬理学と呼ばれている。
一方,薬理学を学問的よりどころとする学際領域として以下のものがあげられる。
(1)中毒学intoxicology 薬理学での薬物を〈生体に有害な物質(毒物)あるいは有害な用量〉に限定して言い換えれば,あとは薬理学とほぼ同じ内容である。しかし中毒学では,このほかに中毒の症候や診断,治療などの臨床中毒学と呼ばれる分野も含まれることが多い。
(2)臨床薬理学clinical pharmacology 薬理学の原則に立脚してヒトを研究対象として,よりいっそう科学的かつ有効安全な薬物療法を可能にするための学問。薬物の安全性や有効性に関し,動物試験成績のヒトへの外挿法やヒトにおける科学的・倫理的試験法の確立,あるいは健康人における薬理効果や体内動態,安全性などの究明,患者における有効性や有害効果(副作用)などの評価,さらに実際の治療の場における適正な薬物療法のためのサービスなどが含まれ,また,より有効安全な治療薬の剤形や用法の研究なども含まれる。
(3)精神薬理学psychopharmacology 薬物の作用として生体の身体機能だけでなく精神機能も対象とし,動物およびヒトとくに精神病患者を対象とした薬理学。近年,精神病治療薬と薬物療法の目覚ましい進歩に伴って急速に発達した。従来解明が困難であった精神病発現機序の薬物による解明も含まれる。動物実験では,行動が精神機能の指標として用いられることから,精神薬理学の一分野として行動薬理学ということばも使われる。
→精神薬理学 →薬学
執筆者:柳田 知司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
化学物質である薬物が生体に対してどのように作用するか、すなわち薬物と生体との相互作用について研究する学問をいう。ドイツのシュミーデベルクは、動物を用いて薬物の用量反応関係を科学的に系統だって研究し、近代薬理学の創始者といわれる。つまり、薬物の作用はまず動物を用いて実験され、動物そのものから摘出した臓器や組織を用いて研究する方法が確立し、さらに細胞から分子レベルまでその対象が広がって詳細に解明され、実験薬理学として進歩を遂げてきた。一般に薬理学とは、生理学、生化学、微生物学、物理および化学を基盤とする生命科学の一分野であり、従来は基礎医学に含まれ、薬学部門では薬物学、薬効学、薬品作用学ともよばれたが、現在では医学・薬学の区別なく薬理学とよぶことが多い。以下、薬理学に含まれる関連専門分野について列挙する。
薬物の起源、製法、化学構造、物理化学的性状など、薬物そのものを研究するのが薬物学であり、薬物の生体への影響、作用部位、作用機序などを主として研究するのが薬力学、生体に投与された薬物の吸収、分布、代謝、排泄(はいせつ)という体内動態を速度論を用いて研究するのが薬物動態学である。また、薬物や毒物など化学物質による中毒について、その作用、治療、予防などを研究対象とする中毒学も、薬理学の一部門として講義されている。さらに、薬物の作用機序を分子レベルで解明する分野が分子薬理学であり、薬物の作用やその体内動態について動物種属間の差異を比較研究する学問が比較薬理学である。臨床薬理学というのはヒトを対象としたもので、薬物動態学や薬力学などを基礎に行われている。なお、免疫の機序が解明されるとともに免疫抑制剤や免疫促進剤が開発され、これらの薬理作用を研究する分野として免疫薬理学がある。薬物の作用は精神機能にも影響を与えることから、動物およびヒト、とくに精神病患者を対象とした精神神経薬理学も発展してきた。動物実験では動物の行動を精神機能の指標としており、精神神経薬理学の一分野として行動薬理学という名称もある。一方、薬物に対する過敏症または特異体質などとよばれる薬物の作用(副作用)が種属や個体によって異なる現象がみられ、この遺伝的背景を遺伝学や生化学を基礎として薬理学的に研究する薬理遺伝学もある。また、周産期を対象として、薬物の作用を胎児から新生児に至る過程で研究する発生薬理学も知られる。
[幸保文治]
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…薬学を支えたのは,18世紀に成立し,それ以後発展しつづけている近代有機化学と基礎医学を含む生物学であった。 顕微鏡の導入による病理学,ことに組織細胞病理学の確立,実験動物を駆使した実験薬理学,生理学,生化学および細菌学などの基礎医学と,化合物をその化学構造と反応の両面から追究し,論理的体系にまとめあげることに成功した有機化学の進歩が,薬学の技術学を支える科学となったのである。ことに大部分の薬の本体である有機化合物を研究対象とする有機化学は薬学の発展を支える主要な基礎学であり,19世紀を出発点として独自の発展をとげた。…
※「薬理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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