翻訳|genome
本来の定義では,1個の配偶子に存在する染色体の1組,ないしはこの1組の染色体に含まれる遺伝子全体をさす(ウィンクラーH.Winkler,1920)。しかし今日ではこの定義が拡大されて,それぞれの遺伝子をひとそろい含んでいるバクテリア,ウイルス,プラスミド,ミトコンドリアあるいは葉緑体のDNAやRNAの単一分子をもゲノムと呼ぶようになってきている。
2種の生物の交配から得られる雑種第1代において,母親由来のゲノムを構成する染色体のすべてが父親由来のゲノムを構成する染色体のすべてと完全に対合して2価染色体を形成し,かつ,その結果つくられる配偶子がすべて正常な受精力を有するとき,両種のゲノムは相同であるという。これに対し,雑種第1代の成熟分裂において両親由来の染色体がまったく対合せず,したがって配偶子も完全に不稔または不妊になるとき,両者のゲノムは非相同であるという。
ふつう,相同ゲノムは同一の,非相同ゲノムは別のアルファベットの大文字で表される。Aゲノムをもつ種の配偶子と体細胞のゲノム構成はそれぞれAおよびAAである。Aゲノムをもつ種で染色体の倍加がおこるとAAAAというゲノム構成をもつ新しい系統が生ずる。また,非相同のゲノムAとBをもつ二つの種の間で交雑がおこり,その雑種第1代で染色体が倍加すると,AABBというゲノム構成をもつ系統が生まれる。このような系統を倍数体と呼ぶ(これについては〈倍数性〉の項目を参照)。上述の倍数体の配偶子はゲノム構成がAAあるいはABであり,配偶子であるにもかかわらずゲノムを2個もつ。これは最初に述べたゲノムの定義に矛盾する。そこで,〈生物が正常な生活を営むに必要かつ十分な遺伝子または染色体の1組〉(木原均,1930)というゲノムの新しい定義が必要となる。この定義に従えば,ゲノム構成がAAAAやAABBの倍数体からはAゲノムを2個,またはAとBゲノムを1個ずつもつ配偶子が形成されるということになる。
AABB型の倍数体は,その成立当初は互いに独立して正常な生活を営むことができる2種類のゲノムをもつ。このような倍数体が自然界に永く存続すると,両ゲノムに多くの突然変異が蓄積し,やがて相手ゲノムとの共存なしには正常な生活が営めなくなる。マカロニコムギはAABB型の倍数体であり,その構成ゲノムの一つであるAゲノムは染色体の対合でみるかぎり,一粒コムギ(Aゲノムだけで生活している)のAゲノムと相同であるが,現在ではもはやBゲノムとの共存なしには生きてゆけなくなっている。さらにゲノムの変化が進行すると,生活機能の面からも染色体対合の面からも,元のゲノムと相同性が認められなくなる。この過程を倍数体の遺伝的二倍体化と呼ぶ。ゲノムはこのように決して絶対不変な遺伝的単位ではなく,進化の過程で緩やかながら質的に変化してゆくものである。
執筆者:常脇 恒一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物の生活機能を営むうえで必要な遺伝子を含む1組の染色体。ゲノムを構成する染色体の基本数は生物の種によって固有で、1ゲノムの中には相同の染色体は含まれていない。一つのゲノムをAで表すと、一般に二倍性の細胞は二つのゲノムを含むからAAとなり、生殖細胞(卵子と精子)は減数分裂によって一つのゲノムを含むのでAで表される。高倍数性の生物では二つ以上のゲノムが含まれている。ゲノムという用語は1920年にウィンクラーが半数(ハプロイド)の染色体の1組に与えたものである。さらに、1930~1950年にわたるコムギの細胞遺伝学的研究を行った木原均(きはらひとし)は、その概念を拡張してゲノムを次のように定義した。「ゲノムは染色体の1組であって、これを構成する染色体が協力して完全な生活環境および生活現象を営み、かつ進化に応ずる単位である」。生物のゲノムの構成を明らかにし、ゲノムと遺伝子との関係、ゲノムの変遷、種の由来および進化過程を明らかにすることをゲノム分析とよぶ。ゲノム分析の理論は木原によって確立された。すなわち、(1)相同のゲノムの間には対応する相同の染色体が存在する。(2)相同の二つのゲノムをもつ生物では、減数分裂において相同染色体間に接合がおこり二価染色体が形成されるが、異種間雑種では相同染色体がないので二価染色体は形成されない。これら二つの理論がゲノム分析の根拠となっている。
[吉田俊秀]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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(垂水雄二 科学ジャーナリスト / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
特定の生物の全遺伝情報.ある生物を規定しているDNAの全塩基配列で,すべての遺伝子の集合.個々の遺伝子(gene)との違いに注意.ゲノムを対象とした解析をゲノミックス(genomics)と総称する.-ome,-omicsは接尾辞として使われ,タンパク質分野ではプロテオーム,プロテオミクス(proteomics)という用語も使われている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
…同じことは高等動植物の若干の遺伝子についても証明されてきた。一方,遺伝子の本体がDNAであることが確実になり,バクテリアやウイルスでは一つのゲノムの全遺伝子が単一のDNA分子に組み込まれていること,また,高等動植物においても電子顕微鏡で確認できるかぎりでは,1本の染色体に含まれるDNAは連続した1本の糸であることもわかり,遺伝子の統一概念は自然に消滅した。
[遺伝子の作用――転写と翻訳]
1950年代以降の分子遺伝学の発達により,まず,遺伝子の本体とポリペプチドの生産を支配する機構の概要が明らかとなった。…
※「ゲノム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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