フィリッピの戦い(読み)フィリッピのたたかい(その他表記)Battle of Philippi(Philippoi)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィリッピの戦い」の意味・わかりやすい解説

フィリッピの戦い
フィリッピのたたかい
Battle of Philippi(Philippoi)

古代ローマのユリウス・カエサル暗殺(前44)をうけて,マケドニアフィリッピ(古代ギリシア名ピリッポイ,現ギリシア北東部フィリッポイ)で繰り広げられた戦闘。前42年マルクス・ユニウス・ブルーツスとガイウス・カッシウスロンギヌスの元老院派の連合軍が,マルクス・アントニウスとガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス(→アウグスツス)の連合軍に敗れた。元老院派は最初優勢であったが,アントニウスの挑発に乗せられ,まずカッシウスが追いつめられて自殺,3週間後ブルーツスも敗れて自殺した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む