ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブルーツス」の意味・わかりやすい解説
ブルーツス
Brutus, Marcus Junius
[没]前42.10.23頃.マケドニア,フィリッピ近郊
古代ローマの政治家。前 44年のカエサル暗殺の主導者の1人。クインツス・カエピオとも名のった。前 49年のカエサル対ポンペイウス (大ポンペイウス) の内戦では後者に加担,のちカエサルに許され,前 46年ガリア・キサルピナ総督,前 44年都市法務官 (プラエトル ) に任命された。しかしカエサルの独裁に反対,共和政治を求めて,前 44年3月 15日の暗殺計画に参加。達成後,カッシウスとともにマケドニアへおもむき募兵してカエサル派にそなえた。前 43年2月元老院より東方での最高軍事権を与えられ,オクタウィアヌス (→アウグスツス ) とアントニウスの連合軍と対戦 (→フィリッピの戦い ) ,前 42年 10月 23日敗退し,共和政の前途を悲観して自殺。文才にも秀で,M.キケロとの往復書簡が残っている。のちシェークスピアにも評価された。
ブルーツス
Brutus Albinus, Decimus Junius
[没]前43
ユリウス・カエサル暗殺に参加したローマの将軍。カエサルのもとで戦い,その海軍司令に任命された。前 49年の内乱時はマッシリア (現マルセイユ) を封鎖,カエサルは彼をガリア・トランサルピナ総督に任命,自己の後嗣の1人とした。カエサル暗殺後,共和派のためガリア・キサルピナを確保,M.アントニウスと対決し,元老院の命で彼をガリア・ナルボネンシスに追ったが,捕捉できず,また部下にも見捨てられた。 M.ブルーツス,G.カッシウスらと合流するためにマケドニアに脱出したが,その途上捕えられ,アントニウスの命令により殺された。
ブルーツス
Brutus, Lucius Junius
ブルーツス
Brutus, Decimus Junius
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