フサイン・b.アリー(その他表記)Husayn b.’Alī

20世紀西洋人名事典 「フサイン・b.アリー」の解説

フサイン・b.アリー
Husayn b.’Alī


1852.頃 - 1931
ヒジャーズの政治家。
ヒジャーズ王,元・メッカ知事。
預言者ムハンマドの後裔のハーシム家に生まれ、1908年青年トルコ革命でムハンマド子孫の代表(シャリーフ)としてメッカ知事となる。カイロ密使を送り、英国側と接触、アラブ王国独立の承認の約束をとりつけ、息子らとともに反乱を起こし、’16年ヒジャーズ王となる。その後’24年カリフ制廃止に即応してカリフを宣言するが、ムスリム指導者間で孤立する。同年サウード家のアブド・アルアジーズ・ブン・サウードにメッカを攻められて、アカバを経てキプロス亡命。’31年アンマンで死去し、エルサレムに葬られた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

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